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1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2011/02/13(日) 22 27 59.83 ID O3UsKtsi0 [1/14] 黒猫「……もしかして、泣いていたの?」 下妹「……」 黒猫「どうしたというの。黙っていたのでは、分からないわ」 下妹「なんでもないです……」 黒猫「何でもないという事はないでしょう。目が、真っ赤よ」 下妹「……」 黒猫「私にも、話したくないことなの?」 下妹「……めるる」 黒猫「えっ?」 下妹「なんでもないです!」 ピューッ 黒猫「あっ……。ちょっと、待ちなさい」 (全く……。いったい何だと言うのかしら) 上妹「メルルのおもちゃ、ですよ」 黒猫「あら、話を聞いていたのね。メルルがどうしたと言うの」 上妹「近所の子たちはみんなメルルのおもちゃを持っているのに、あの子だけ持ってないのです。だから仲間に入れないんだって……」 黒猫「そうだったの……」 (そういえば、こめっとくんのぬいぐるみを随分と欲しがっていたわね、あの子……。明日にでも玩具屋に見に行ってみようかしら) 2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[] 投稿日:2011/02/13(日) 22 29 10.11 ID O3UsKtsi0 [2/14] 翌日。 黒猫「馬……馬鹿な。仮にも児童向けという触れ込みのアニメだと言うのに……。よくもまあ、こんな価格設定をしたものね。クッ、金に餓えた亡者どもが……。百遍呪われるがいいわ」 黒猫「はあ……。これではとても、買い与えるという訳にはいかないわね。どうしたものかしら」 ションボリ (でも、それほど複雑な造型というわけでもなさそうね。これならば、私でも作れるかも) 3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 22 30 47.09 ID O3UsKtsi0 [3/14] その夜。 カタカタカタ……カタカタカタ 下妹「ねえさま。……ねえさま」 黒猫「あら。起こしてしまったかしら」 下妹「なにをしてるです?」 黒猫「……子供には、関係のないことよ。もう遅いのだから、早くお休みなさい」 下妹「みしんで、なにかつくってるですか?。みせてほしいです」 黒猫「駄目よ。資格のない者が目にすると、永遠の闇に閉ざされてしまうわ」 下妹「なにをいってるです?」 黒猫「……これを見てしまったら、夢にお化けが出てくるわよ」 下妹「ひいい」 黒猫「分かったら、早く寝る事よ」 下妹「はいぃ」 トコトコトコ (ふう、行ってくれたようね) (今見せて、もし上手く出来なかったら、とてもがっかりさせてしまうだろうし……。それにしても思った以上に複雑な造りをしているわね、この生命体は……。今夜は徹夜かしら) カタカタカタ……カタカタカタ…… 4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 22 32 21.08 ID O3UsKtsi0 [4/14] 数日後。 トゥルル……トゥルル……ガチャ 桐乃「もしもし?あたしだけど」 黒猫「……ごきげんよう」 桐乃「どうしたってのよ。いつもにも増して声が暗いじゃん」 黒猫「何でもないわ……疲れているだけよ。あなたと違って、私は忙しいの」 桐乃「ふーん。ま、何だっていいけどさ。ところでアンタ、週末のイベントどうすんの」 黒猫「……イベント?」 桐乃「ちょっと。忘れたっての?一緒に行くって約束したじゃん。沙織も行くって言ってるし」 (私としたことがうっかりしていたわ。でも、その日は妹たちを遊びに連れて行く約束をしてしまったし……) 黒猫「私は行かないわ」 桐乃「は?ちょっとアンタ何言ってんの」 黒猫「そういつもいつもあなた達のレベルに合わせて行動するという訳には行かないの。私の強大な魔翌力を、あなた達一般人が耐え得るレベルにまで抑制するということがどれほど大変か、想像してみるがいいわ」 桐乃「言ってるイミが分かんないんですけど。要するに来ないってこと?」 黒猫「……何度も同じことを言わせないで欲しいわね」 ガチャ ツーツーツー… 桐乃「はぁ?……何なのよアイツ。アッタマきた……!あのクソ電波猫、もう二度と誘ってやんないんだから」 5 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 22 33 54.11 ID O3UsKtsi0 [5/14] (ふぅ……) 下妹「ねえさま。けんかしたですか」 黒猫「!!……何でもないのよ」 上妹「最近の姉様、何だかいつも眠たそう」 黒猫「何でもないと言っているでしょう。さあ、今から食事の支度をするのだから、あっちへ行って頂戴」 上妹・下妹「はぃい……」 (妹たちに見られないように深夜まで作業をするのが、さすがにこたえて来たようね……。でも、あと数日もあれば何とか……) 6 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 22 37 04.28 ID O3UsKtsi0 [6/14] 約束のあった日。 黒猫「……今日は、楽しかった?」 上妹・下妹「はぃい!!」 黒猫「そう。よかった……」 (そう言えば、桐乃たちと行く事にしていたイベントの会場もこの近くね。もうそろそろ終わった頃かしら……) 下妹「!!めるる、めるる~!」 タタタッ (!ここはあの玩具屋……目に毒だったわね。他の道を通れば良かった……) 沙織「おや?黒猫氏ではござらんか。これは奇遇でござるな」 黒猫「!!あ、あなた達……」 桐乃「クソ猫……!アンタ何やってんのよ、こんなとこで」 黒猫「何って……ふ、ふ。人間風情の知る必要もないことよ、そんなことは。あ、あなた達こそどうしたというの」 桐乃「アンタ、頭大丈夫?イベント帰りに決まってんじゃん」 黒猫「そ、そう言えば今日だったかしらね」 沙織「むむ?あれなる御婦人がたは、ひょっとして黒猫氏の妹御でござるか?」 黒猫「!!」 桐乃「え?どれどれ……わ!アンタそっくり!そしてアンタなんかより全然可愛い!!」 沙織「なるほどなるほど。拙者たちとの約束を反故にしたのには、こういう理由がござったか」 黒猫「ち、違うのよ。私はただ……」 トコトコトコ 下妹「ねえさま、ねえさま。こめっとくん……」 桐乃「ちょ、この子メルル好きなの?アンタと違って見る目あんじゃん!」 下妹「……ねえさま、このひとたちはだれです?やみのじゅうにんですか?」 黒猫「い、良い子だから黙って居なさいな、この子は……」 桐乃「……ちょっとアンタ、いったいこのいたいけな妹達に何吹き込んでんのよ」 黒猫「と、とにかく私達は先を急ぐから、今日のところはこの辺で……」 ソソクサ 7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 22 44 34.36 ID O3UsKtsi0 [7/14] 沙織「行ってしまわれましたな」 桐乃「相変わらずよくわかんないヤツ。でも、あんな可愛い妹たちがいたとはね~。正直羨ましいわ」 沙織「下の妹御は、こめっとくんに御執心のようでござったな」 桐乃「え?ああ、そういえばずっと見てたわね。あんなに欲しがってんだから買ってあげりゃいいのに。マスケラのDVDなんか買ってるヒマがあるんだったらさ」 沙織「まあまあ。このこめっとくん人形は出来もよいですが、値段の方もそれ相応ですからな。色々と事情もあるのでござろう」 桐乃「……アタシ、いい事思いついたんだけど」 沙織「?」 桐乃「アタシ達でさ、あの子にプレゼントしたげようよ。きっと喜ぶよ~」 沙織「む?それはしかし、まず黒猫氏に断るべきではござらんか?」 桐乃「いいっていいってあんなヤツ。放っといても。でさ、アタシがプレゼントしてあげたらさ、アタシが本当のお姉ちゃんだったらいいのに?なんて、なつかれちゃったりしてさ~!」 沙織「ふむむ」 桐乃「あ~、そしたらアタシあの子ギュッと抱きしめてやるんだ~!すいませーん、あのショーケースに飾ってあるこめっとくんくださーい」 8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 22 55 05.61 ID O3UsKtsi0 [8/14] 翌日。 黒猫「ふぅ……。ようやく完成したわ。我ながら、それなりにいい出来だと思うのだけれど。後は今晩、これをあの子の枕元に……」 ピンポーン (あら?誰かしら) 黒猫「はい」 宅配便でーす (いったい何かしら。宛先は五更瑠璃……の、妹さまへ、ですって?差出人は……桐乃と沙織じゃないの。何のつもりだと言うの……) 下妹「ねえさま。だれかきたです~?」 黒猫「あ、あなたに、届け物のようよ」 下妹「とどけもの?」 黒猫「……とにかく、開けてみるわね」 ビリビリビリ 黒猫「!」 下妹「!!めるる!めるる~!!」 (こ、これは、あのこめっとくん人形じゃないの……。どういうこと?) 下妹「ねえさま、ありがとうです!うれしいです~」 黒猫「え、ええと、それは私ではなくて……」 下妹「?」 黒猫「だからそれは、私があげるものではないのだけれど」 下妹「これ、もらっちゃいけないですか……?」 黒猫「!……いえ、そんなことはないのよ。それはもう、あなたのものよ」 下妹「わぁぁい!」 (ど、どうなっているというの) 下妹「めるる、めるる~」 (あんなに喜んで……。これで、良かった……のよね……) 10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 23 09 46.87 ID O3UsKtsi0 [9/14] 黒猫の部屋。 (どうやら、あなたは用済みになってしまったようね……) (ふ、ふ。さっきまでは我ながら上手く出来たと思っていたのに、こうしてみるといかにも不格好……。それなのに私と来たら……全く滑稽だわ。あの子もこんな不格好なニセモノをプレゼントされていたら、きっと悲しかったでしょうね……) (これで、これで良かったのよ) ションボリ (!!そうだわ。こうしてはいられない……。これがあの子たちに見つかったら、話がややこしくなってしまうもの。見つからないように、どこかへこっそり捨ててこないと……) 11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 23 13 35.88 ID O3UsKtsi0 [10/14] 近所の公園。 黒猫「この辺りなら、大丈夫そうね……」 ガサガサ (さようなら。こんなところで朽ち果てるなんて、お前も可哀想……。私のことなら、いくらでも呪ってくれて結構よ) 京介「あれ?黒猫じゃねーか。こんなとこで何やってんだ?」 黒猫「!!」 ガサッ 京介「そういやお前ん家ってこの辺だっけ。……って、今その紙袋に何隠したんだ?」 黒猫「……な、なんという不躾な人間なのかしら、あなたは。私が何を持っていようと、何の関係も……何の関係もないでしょう」 京介「いや、そりゃそうなんだけどさ。様子が尋常じゃあなかったしよ……。何かあったのか?俺でよけりゃ、相談に乗るぜ」 黒猫「関係ないと、言っているでしょう!」 京介「!お、おい。待てよ。待てって……」 ガッ ビリッ 黒猫「!!」 京介「わっ、悪い。紙袋破いちまった」 黒猫「離して」 京介「?……おい、これって確かメルルの……」 黒猫「……」 京介「何でお前がこんなもの……」 黒猫「だから、あなたには、か、かんけい……」 京介「?……お前」 黒猫「……」 京介「もしかして、泣いてるのか?」 12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 23 21 46.11 ID O3UsKtsi0 [11/14] 30分後。 京介「そうか。なるほどなー、そういう訳だったのか」 黒猫「……つまらない話を、聞かせてしまったわね」 京介「いや。そうか……。黒猫」 黒猫「な、何」 京介「すまなかったな」 ペコリ 黒猫「?……どうしてあなたが、謝るの」 京介「いや、ま、俺の妹がやらかしたことだからさ……。でも、今回の事に関しちゃアイツも悪気があったわけじゃないからさ。許してやってくれないか」 黒猫「分かっているわよ、そんな事。大体、許すも何も、誰一人悪い訳ではないのだもの」 京介「だからこそどこにも気持ちの持って行きようがなくて、つい泣いちまったってわけか」 黒猫「下世話な詮索は無用というものよ。さあ、もう話は終わったのだから、その人形を返して頂戴」 京介「ふふ」 黒猫「……何を笑っているの?」 京介「お前ってほんとに優しいんだな」 黒猫「な、何をたわけたことを。人間風情に、何が分かるというの」 京介「手先が器用だってのは前から知ってたけどよ。それだけじゃこんな丁寧な仕事、できねーよなー…。ひと針ひと針、妹のこと思いながら作ったんだろ?これ。そういうのって分かるもんなんだよな」 黒猫「……でも、その子は要らない子よ。私と同じ……」 京介「お前、今なんつった?」 黒猫「何でもないわ。さあ、その子を返して頂戴。これから闇に還すのだから…」 京介「返せねーよ。お前、一生懸命作ったんだろ?妹を喜ばせたくて、徹夜で頑張ったんだろ?なのに、捨てちまっていいのかよ!」 黒猫「返して!」 ガッ 京介「黒猫……」 黒猫「あなたの言うとおり、私は一生懸命やったわ。でも、そんなことには何の意味もないのよ。結果的に私の妹を喜ばせることができたのは、あの女……可愛い可愛いあなたの妹。どんなに化粧をしても、ニセモノは本物に敵わない。あなたがどんなに努力をしたところで、あなたの妹に敵わなかったように」 京介「お前……」 黒猫「傷つけてしまったのなら、謝るわ。でも本当のことよ。私たちがどんなに努力したところで、所詮手が届くのは不格好なニセモノ。優しさだの愛情だの、そんな美名で出来損ないを押し付けられたのでは、貰った方も迷惑というものよ。だからこの子は、この子は……誰にも知られることなく、闇の片隅で、その命を終えるしかないの」 ブンッ 京介「!!」 黒猫「ふ……ふ。あの薮の中なら、見つけられることもないでしょう。これで……これで、良かったのよ」 ダダッ 黒猫「!?な、何をしようというの」 京介「決まってんだろうが。探してくるんだよ!」 黒猫「ば、馬鹿なことを。もう辺りは真っ暗よ。大体、そんなことをしても誰も喜びはしないわ……」 京介「このままだったら、俺が悲しいんだよ!いいからそこで待ってろ!」 ガサガサガサ 黒猫「……余計なことを……」 13 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 23 27 20.89 ID O3UsKtsi0 [12/14] 30分後 (遅いわね……。まだ探しているのかしら) (随分と力を込めて投げたから、どこまで飛んでいったものやら……。おまけにこの暗さでは、見つからなくて当然だというのに) (……そういえば、あの薮の奥には確か、沼があったはず。だから子供が近づかないように金網が張ってあるのだと……) (まさか……) 黒猫「ちょっと……いつまで探すつもり?あきらめの悪い人間ね……。聞こえているのかしら?」 シーン 黒猫「聞こえているのなら、へ、返事をなさい。どこなの?どこにいるの?聞こえているなら、聞こえているのなら…」 ポフッ 黒猫「!!」 京介「へへッ……。見つけちまったぜ」 黒猫「馬、馬鹿……なんて……」 京介「拾ったんだから、これは俺のものだよな」 黒猫「勝手に……勝手になさい」 スタスタスタ……ピタ 黒猫「……一応」 京介「?」 黒猫「一応、訊いておくのだけれど。この事を、あの女に話すつもり?」 京介「桐乃のことか?いや……ていうか、何でそんなこと訊くんだ?」 黒猫「べ、別に……。ただ、あの女は何も知らずに善行を行ったつもりでいるのでしょうし、真実を知ってしまったら気に病むかもと……。あの女に、そんな人間らしい心性が僅かでもあるとは思えないのだけれども」 京介「ふっ」 黒猫「な、何よ…」 京介「お前って、ほんとに、優しいんだな」 黒猫「あなたに、何が分かると言うの……」 15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 23 41 00.39 ID O3UsKtsi0 [13/14] 高坂家。 桐乃「ちょっとアンタ。これ、どうしたのよ」 京介「ああ?」 桐乃「こめっとくんよ。アンタが持って帰ってきたんじゃないの」 京介「ああ、それね。拾ったんだよ」 桐乃「は?何ワケわかんないこと言ってんの。これ、どこのメーカーなんだろ……。恐ろしいくらい手が込んでるわ」 京介「へ。お前もそう思うのか。今の台詞、アイツに聞かせてやりてーよ」 桐乃「あーもう、何言ってるか分かんない。まあいいわ。これ、アタシにちょーだい」 京介「……駄目だ」 桐乃「なんでよ。アンタ、メルルに興味ないでしょ」 京介「なんでも駄目だ。その人形だけは誰にもやれねーよ」 桐乃「……キモ。何それ。抱いて寝るつもり?もういいわ、じゃあ勝手にしろっての」 京介「ああ、そうさせてもらうぜ。……ああ、そう言えば桐乃」 桐乃「何。まだ何かあんの」 京介「お前、黒猫の妹にこめっとくんプレゼントしてやったんだってな。黒猫が、ありがとうってさ」 桐乃「ふ、ふん。別にクソ猫のためにやったんじゃないわよ……」 16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/02/13(日) 23 45 38.59 ID O3UsKtsi0 [14/14] 黒猫の家。 下妹「ねえさま。ねえさま……?」 スヤスヤ 下妹「こたつでねてしまったら、かぜひくです」 スヤスヤ 下妹「……となりでねても、いいです……?」 ゴソゴソ (あったかいです……) 黒猫「……ん……」 下妹「おこしてしまったです?」 黒猫「あら……もうこんな時間なのね……。さ、お布団で寝ましょう」 下妹「もうすこし、こうしていたいです」 黒猫「?」 (ねえさまのとなりでこうしているのが……いちばんしあわせです……) 黒猫「おかしな子……」 (やさしいねえさま……ずっとずっと、こうしていたいです……) スヤスヤ 黒猫「幸せそうな寝顔……。子供というのは、本当に、無邪気なものね……」 ―おしまい―
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1289713269/675-679 ふと時計を見ると3時を少し過ぎたところだった。 さっきから俺達は、とある店の前で順番待ちをしている。 落ち着いた佇まいの外観と、お嬢様然とした内装。そして外にいても微かに匂ってくる甘い香り―――。 忘れるはずもない。前回の偽装デートの時にも行った、あのスイーツショップだ。 別に来る予定は無かったんだが、少しばかり小腹が空いちゃってさ。そん時にたまたま近くにあったから寄ったって訳だぜ。 なにも桐乃が行きたそうにしてたからだとか、そんな理由では断じてない。 まあそんな事はさて置いて、まだ呼ばれるまで時間がかかりそうなので、俺は改めて周囲へと意識を向けてみる。 この前とは少し違い、今日は大勢のカップル達で賑わっている。確かあの時はカップルなんかほとんど居なかったんだが、 何かのイベントでもやってるのだろうか? ともあれ、そんなカップル達は仲睦まじく言葉を交わし、またはお互いにじゃれあったりして、あまーい空気が場に充満している。 もっとも、俺達も傍目には同じように見えているんだろうけどな。へへ。 そんなくすぐったい思いで桐乃を見ると、向こうも俺を見ていて、がっつりと目があった。 「な、なに?」 桐乃の顔が見る間に赤く染まっていく。と、 「もっとこっち来いよ」 「は?」 「いいから」 ぐいっと強引に桐乃の体を引き寄せる。 「あ、あんた…?」 「嫌か?」 「別にそういうんじゃないケド…」 少し俯きながら桐乃が身を寄せてくる。 甘い空気にあてられたのか、それとも何か別の事なのか…。ともかく桐乃の顔を見た瞬間、こうすること以外の選択肢は消えていた。 どうしてだかは自分でも良く分からねーんだ。まるでバカップルみたいだが、それでもいいさ。 むしろ、そう見ろってなもんだぜ。ただし、誰でもって言うわけにはいかないが。 「…ところで今回は大丈夫だろうな?」 「なにが?」 「この前の加奈子みたいに、俺達の事知ってる奴に会っちまわないかって事だよ。あいつはアホだったから良かったけどよ」 これだよ。こんな状況を知り合いに見られるのは非常にまずい。 一応は、この関係ってのは極一握りを除いては秘密のままなのである。 だけど 「あーそれなら平気」 俺の心配をよそに、ひらひらと手を振って桐乃が即答する。 「加奈子以外であんたの事知ってるのなんてあやせとランちんくらいだから。あやせは仕事だし、ランちんは予定があるって 言ってたし、だから大丈夫」 と言う事だった。 なるほど。確かにそれなら「そこら辺」はそんなに警戒する必要もないのかもしれない。 俺の方にしても、桐乃の事を知っているのなんて麻奈実やゲー研の連中以外にゃいないし、こっちも特に問題は無いはずだ。 麻奈実が一人でこんな店にくるとも思えないし、野郎どもならなおさらだしな。 まあ、部長ならラブタッチの「彼女」と一緒に来たりする可能性も無きにしも非ずだが、いくらなんでもさすがに無いだろう。…と信じたい。 「だけどさあ」 だが俺は、それでも一抹の不安を言葉にする。 そこまでの知り合いじゃなくても、学校の奴らや近所の誰かに見られたりしたらどうする? 前回だってそういうのでかなりビビってたよな、お前。 もし誰かに見られて、そっから話が広がって、それでバレたりでもしたら―――。 「別にいいよ」 俺の心をあたかも見抜いたかように制して、桐乃が言った。 「そりゃ見つからないに越した事はないけど、もしバレたらそれはそん時だから。そんなの最初から覚悟してる事だし」 「お前…」 その言葉に胸が熱くなった。 まったく、お前って奴は本当に凄いよ。それに引き換え、いつまでたっても俺は情けねえ。 後悔はしないとか言っておきながら、実のところは俺が一番ビビってたんだ。 くそったれ。本当に馬鹿だよ。いいぜ、今改めて言ってやる。例えこの先どんな――― 「それに、どうせ誰も信じないだろうしね。あんたみたいな地味面があたしの彼氏だなんてさ~。最悪、イザとなったら あんたに無理やり連れてこられたって事にすれば良いしぃ」 おいコラ!俺の感動を返せ! てかそれ言う?普通言わないよね!?今までやったどのエロゲーにだって、こんな場面でそんな落とし方するシーンなかったけど! あーいかん。やる気が一気に無くなってきた。どっかのとある主人公並みに臭い台詞吐こうと思ってた矢先だし、余計にダメージがでかいわ。 「ねえねえ、それよりもさ」 「あん?」 なに?お前まだ俺になんか言ってくんの?いっとくけど今の俺のライフはゼロよ。 「あれ、もう一回見せてよ?」 期待に満ちた桐乃の瞳だった。 はあ…仕方ねえな。 「ほらよ」 渋々手を差し出す俺。何の変哲もない手である。ただ一点、その指先を除いては。 「へへっ。おそろおそろ」 嬉しそうに桐乃が自らの手を重ねてくる。 その指先には、俺のと同じ指輪が光っていた。 ペアリング、というヤツらしい。 ここに来る前に寄ったアクセサリーショップで桐乃が選んだ物だ。 プレゼントしてやるつもりではいたにも関わらず、内心はどんな高い物買わされるかとドキドキだったんだが、 意外にも桐乃が選んだのはそう高くもないこれで随分とホッとしたもんだ。 その代わりにその場ではめる事を強制されたけどね。 はっきり言っておくが、恥ずかしいったらないんだぜ。 普段アクセサリーなんて着けない俺にしてみたら、まずこういうのを着けるって事自体になんか抵抗がある。 しかもいきなりお揃いで、さらにそれを見せっこだしな。恥ずかしいってレベルじゃねえぞ! まあ、だからって別に嫌だって訳じゃねーけどな。 俺と桐乃の関係をこれ以上ないくらいに表してる物だし、恥ずかしいけど嬉しいよ。 それに、さっきから周りの野郎どもが俺達(主に俺)を、驚きと若干の嫉妬が混じった視線で見てくるので、それが少しばかり心地良いしね。 へっ、どうだ。俺の桐乃は可愛いだろ。はっきり言って世界一だぜ。 でも変な目で見たらブッ飛ばすかんね。ペッペッ。 と、なんだかんだで復活してきた俺であったが 「イブの時もピアス買ってもらったけどあれは半分取材だったし、だからこれって初プレゼントじゃん? 超嬉しいし、ずっと大切にするから。その……ありがとね、きょうすけ」 重ねた指を絡ませながら桐乃が呟いた。 一瞬、魂が抜けてしまったかと思った。 今のそれ、お前反則だろ。場所が場所じゃなけりゃ、今すぐに抱きしめてやりたかったよ。 「あ、ほら。あたし達の番じゃない?」 名前を呼ばれたのにも気付かなかった俺を、桐乃が店内へと引っ張って行く。 落とされたり持ち上げられたり、本当にいつもいつもこいつには振り回されてばっかりだ。 でもいいさ。いつまでだって振り回されてやんよ。 * * 「結局食べきれなかったかあ」 「てかありゃ無理だろ」 店を出てプラプラと歩きながら、俺達はさっきの感想を口にする。 頼んだのはカップルセットとかいう、やたら馬鹿でかいパフェとドリンクのセットメニューだった。 どうやらカップルしか頼めないらしく、お陰さまでストローやスプーンが二本刺さってたりして、量以外にも相当な代物だったよ。 実際いろいろとあったんだが……まあ今それを話すのは止めておこう。 「完食したら記念品もらえたのにさ。なんでもっと頑張んなかったの?」 「俺を殺す気かよ」 「今日は仕方ないけど、次、次は完食だかんね?」 「…へいへい」 口の中に残る甘ったるさにウンザリしながら、俺は相槌を打つ。 でもお前、残念がってる割には随分と笑顔じゃんかよ。 相変わらず意味わかんねえけど、それなりに頑張った甲斐もあったのかもな。 「さて」 一つ背伸びをして気持ちを切り替える。 「それじゃあ最終目的地にいくか」 と――― 「…桐乃?お兄さん?」 あ、俺死んだな。
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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1306742825/914-930 ◆ 二人入るのがやっとの密室に、粘っこい水音が響いている。 換気扇のおかげで臭いは篭らないが、このやたらはっきりした音だけは如何ともしがたい。 外に聞こえなけりゃいいが……と、俺は呆けた頭で場違いなことを考えていた。 「ん……お兄さん」 触れた外気にひやりとし、ぼやけた意識がはっきりする。 あやせはこくりと喉を鳴らして口の中を整えると、顔を上げて俺を見据えた。 見れば、唇の端から溢れたものが、顎を伝い滴っている。 「お、悪い……垂れそうだぞ」 俺は後ろ手に手錠をはめられているのでトイレットペーパーに手を伸ばしたくとも伸ばせない。 しかし鎖を鳴らしたのはいらぬ心配だったらしく、 あやせは滴りを手の平で掬うように拭い取ると、俺自身に塗り付けた。 そしてそのまま筒型にした片手を、馴染んだ手つきでこねるように上下する。 再び密室に水音が響く。 あやせは器用にリズムを保ちながら中腰に立ち上がり、便座に腰掛けた俺にもたれかかって、 肩に顔をちょこんと乗せた。 「お兄さん……」と、あやせは耳に口元を近寄せて言った。もちろん手の動きは止まらない。 「そういえば――恋人と別れたそうですね、お兄さん」 「こ、こんなときにその話題を出すか……?」 あの騒動は一応の解決をみたとはいえ、俺は俺で凹んでいるのである。 自分のダメっぷりを思い知らされたりとかな。 「もぉ……本当にどうしようもないですね、お兄さんは」 あやせは心なしか声を弾ませて、きゅっと根元に力を込めた。 俺は文字通りあやせの手中にあるから、即座に機微を悟られてしまう。 我ながら情けないことこの上ない。 「お姉さんから……それに、桐乃からも、聞きましたよ? ――桐乃が嫌がるから、お兄さんは恋人を作らないそうですね?」 どうして俺の個人情報を吹聴したがるのかね、あいつらは。 思わず顔を背けた俺を、あやせはくすりと嘲った。 「お兄さんはド変態のシスコン野郎ですね」 艶然と囁き、唇で耳たぶを軽く挟んでから、ちろりと耳裏を舌先で撫で上げる。 はぁ、と熱っぽいため息を吐くと、あやせは妙に嬉しげな口調で罵り始めた。 「どうしようもない変態です。いやらしい、あさましい、おぞましい、けがらわしい、気持ち悪い…… 本っ当に――気持ち悪い」 「嫌がる俺を無理やり引っ張り込んだやつの言う台詞かそれ? ど……どっちが変態だっつーの」 途中で言いよどんだのは、あやせの手つきが指先でなぞる手つきに変じたからだ。 いよいよ本気で俺をじらしにかかるらしい。 「変態はお兄さんでしょ? だってお兄さん、妹に欲情する変態なんだって、ご自分でおっしゃったじゃないですか」 「うぐぅ……」 そう言われてしまってはぐうの音も出ない。 いや実際はそれっぽいのが出てるが、慣用句の用法にまで突っ込むのは野暮ってもんだ。 ――あの公園での自爆から一年以上経った今も、あやせは俺を誤解したままでいる。 色々と理由があって、俺もあやせを誤解させたままでいる。 しかしあやせの思い込みはたいへんはげしかった。 そいつに付き合う人間が、よからぬ影響を蒙りかねないほどに、はげしかったのだ。 俺自身にもこのごろ、『むしろあやせの妄想の方こそが真実なのではなかろうか?』と、 危うく思ってしまう瞬間があるくらいだ。 ……とても危うい気がする。とてもとても、危うい気がする。なぜか不意に桐乃の得意顔が連想された。 「だから、わたしが処理してあげないとですね……じゃないとお兄さん、桐乃を襲ってしまいますから」 ……突っ込みたい。「それなんてエロゲ?」と突っ込みたい。あやせじゃなけりゃ突っ込んでる。 あやせが親父の孫を掌握してなけりゃ心置きなく突っ込めたのに…… 「もぅ、駄目ですよお兄さん。今日は時間がないんですから」 的確にも的確な読心術だが、その解釈の仕方が残念な方向へ転がっている。 俺がいうのもなんだが、ものすごくおっさん臭い。俺がいうのもなんだがな。 「お兄さんが考えるようなことをしていたら、桐乃たち、気付いちゃいますよ?」 そうなのである。この悪魔(あやせ)はよりにもよって、 桐乃と一つ屋根の下の高坂家で、こんなはしたない真似をしでかしているのである。 もし桐乃に見つかったらと思うとぞっとする。冗談ぬきに殺されるだろう。絶対に殺される。 きっと俺だけ殺される。この女に間接的に殺される。 「では、桐乃が心配する前に済ませてしまいますね」と、あやせは俺の顔色を見るまでもなく察すると、 「あ、そうそう――」 こほんと咳払いをして、 「――勘違いしないでくださいよ。これは、桐乃を護るためですから……」 ひと月ぶりの『いつもの台詞』を、ここに来てようやく口にしたのだった。 ◆ 俺こと高坂京介と新垣あやせの関係は、一見複雑なようでいて、その実単純極まりない。 あえて言い表すなら――恋人以上友達未満、そんなひねくれた言葉が相応しいと思う。 恋人よりも破廉恥で、友達よりもそっけない。 体は許しても心は許さない、なんて台詞は玄人のお姉さんやイケメンホストの言いそうなものだが、 あやせにはそんな悩ましい台詞を言う資格はない。 だって体も心もいいように弄ばれているのは、俺の方だけなのだから。 男の俺が涙ながらに訴えても説得力はないかもしれない。 満員電車で捕まるのは男だし、慰謝料を儲けるのは大抵女性だ。 妹の出来が良くて、割を食うのは兄貴である。 中高生男子の待望する痴女なんて存在は都市伝説で、きれいな玉職人さんをいざ逮捕してみれば、 その正体は女装した男だったりする。 (以前に桐乃の奸計で俺に女装趣味の嫌疑がかかったことがあって、 その取調べ兼説教のときに親父が実例として挙げていた。 瀬菜あたりの喜びそうなことだ。マジ勘弁して欲しい) とまあ、一般論としてこの手のことに関しては、いつだって男が悪者なのである。 しかしあやせは別である。断言しよう。あやせだけは別である。 あの女は好いた男の生首を抱えて「これでずっと一緒にいられますね」なんて言いかねない女だ。 鍋が空でも待ち人来たらずとも、料理が出来る女なのだ。気遣いより気違いをする女の子なのである。 将来あいつの旦那になる男は、よほどのマゾ野郎に違いない。 かくいう俺も、あやせには深刻なトラウマを数多く植えつけられている。 まず例を挙げるとすれば、そうだな―― 俺が、初めてあやせに襲われたときのことだ。 ……襲われたという時点で充分トラウマに値するが、まあ聞いて欲しい。 桐乃の愚痴並みに長くなりそうだが、聞いてくれ。 おそらく時系列でいうと、黒猫に『呪い』をかけられて、桐乃にアメリカから帰って来てもらった後だと思う。 たしか加奈子がらみの一件であやせの相談に乗った報酬に、あやせに着信拒否を解いてもらって、 それで俺はずいぶん浮かれてたっけな……そうだ、完全に思い出した。 あの頃の俺は、たしかに浮かれていた。 あやせが着拒解除とは別に『サプライズプレゼント』をお礼にしてくれるって言ったから、すげえ楽しみにしてたわけだ。 その頃の俺のはしゃぎぶりを具体的にいうと、 必要もないのにアドレス帳を開いてぐふふと青猫(旧)笑いしたり、 妹にやたらなれなれしくしてうざがられたり、 しすしす全年齢版(またもや桐乃に「あんたも絶対やったほうがいいよ!」と押し付けられた)の新ヒロインあさひちゃんが、 なぜかあやせに似ているように思われて悶々としてみたり……と、 そんなふうに俺はあたかも純朴な非実在青少年のような、 田村ロックのような気持ちで気持ち悪い振る舞いをしていたのだ。 そして迎えた運命の休日――雨がしとしと降っていたのを覚えている。 親父は勤めに、お袋は近所のおばさん連中と日帰り温泉へ、 そして桐乃は遊びか仕事か知らなかったが、家には朝から俺一人だった。 ◆ 桐乃が留守なので壁越しの奇声はないし、外は雨なので近所のガキどもの奇声もない。 窓越しに雨の音だけが聞こえてくる。 雨の音ってのは屋内で聞くと妙に心を落ち着かせる効験があるものだ。 俺はそんな雨音に耳を傾け、受験生として相応しい神妙な心持で机に向かい、エロゲーに励んでいた。 選択肢でセーブしてひと息つき、「昼飯どうすっかなー」なんて言いながらあくびをする。 我ながら惚れ惚れする自宅警備員っぷりである。 とりあえず麦茶でも飲むかと腰を浮かせたところに、ぴんぽーん、とインターホンが鳴った。 「佐川の兄ちゃんか? 桐乃はいねえってのに……あいつまたKONOZAMAしてんの?」 代引きだったら嫌だなあ、なんて思いつつ、尻をかきかき部屋を出る。 そこに再びインターホン。 ぴんぽーぴんぽぴんぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぽぽぽぽーん! 短兵急である。 「我慢弱すぎんだろ!」 「こんにちは、お兄さん」 「って、あやせじゃないか」 玄関を開け放った俺の眼前に、光臨したのはラブリーマイエンジェルあやせたん。 あやせと再び相まみえる時を待ちわびていた俺は、突然の訪問にそれはもうキモいくらいしどろもどろになり、 「い、いらっしゃい。き、桐乃は出かけてるからさ……きょ、今日な、家に俺だけなんだ」 と、初っ端で相手が警戒しかねない台詞を吐いてしまう。 「あ、そうですか……」 しゅんとなるあやせたん、超かわゆい。 差した傘も一緒にがっくり俯いて、ぷりちーふぇいすを隠してしまう。 その勢いで傘の雨滴がしぶいたが、俺は気にしない。むしろちょっと嬉しい。 あやせ目掛けて降ったというそれだけで、雨露は甘露にグレードアップするのである。 「あいつはいつ戻ってくるかわからんが……リビングで待っててくれるか?」 「はい。それでは……お邪魔します」 ――狡猾で残忍なあやせに比べるまでもなく、このときの俺は迂闊で残念であったといえる。 あやせに会えたことが嬉しくて、どうしようもなく浮かれちまって、脳がはちきれそうで、 これっぽっちも疑念を抱かなかったんだ。 あのあやせが桐乃のスケジュールを把握・管理していないわけがない。そのことに俺は思い至らなかった。 セクハラ魔人の俺と二人きりになる危険があるのに、なんの考えもなくホイホイやって来るというのも、 あやせにしては不気味なほど浅はかといえた。 それにあやせにしろ俺にしろまずは携帯で桐乃に連絡すればよかったろう。 思い返せば思い返すほど、この日のあやせの行動は初めから不自然であったように感じられる。 しかし当時の俺は未来の惨状など露知らず、馬鹿みたいに、 それこそエロゲープレイ中の誰かさんみたいに幸せな気持ちであった。 うきうきと飲み物と茶菓子の支度をしていて「お二階の方、お先に上がっていますね」と さり気なしに声をかけられたが、そこに違和感を感じなかったのは、 この前まで黒猫が部屋に入り浸って俺が勝手知られたるなんとやらに慣れていたのと、 あやせの口調がいやに自然だったのが原因だろう。 そうしてお盆を手にした俺は階段を上る途中で思うわけだ。「なんかちがくね?」と。 「お兄さん、これ、なんですか」 パソコンのディスプレイに向いたままあやせが告げた。 「これ、なんですか」 そうしてその右手には、出しっ放しにしてあったパッケージ、媚びたポーズの妹どもを背景に 「妹×妹~しすこんラブすとーりぃ~」と直裁的でキ印(じるし)なタイトルの描かれたパッケージがある。 つまり――一番見られてはいけないやつに、俺の恥部を見られてしまったのである。 「っ……!」 お盆の上のコップの氷が、慣性にカラリと鳴る。 あやせがゆっくり振り向いた。一足一刀の刹那の内に、俺は先を取ったことを確信する。 伸ばされた空の左手と地を蹴る右足とを一直線に、 図らずも右手にお盆を持ってウエイターのような姿勢でいたことが最小にして最速の動作を可能にした。 半身で突き出された人差し指、その先にはあやせが立つ。 しかしこちらに振り向いた拍子で微かに腋が開いている。 「くんかしたいお」と荒ぶる理性(?)を宥め賺し、腋の向こうに垣間見るはEscキーの眩い煌めき―― ――という感じに、反射的にEscキー(緊急回避)目掛けて指を突き出した俺を、いったい誰が責められよう。 桐乃やお袋、ときに親父といった外敵に絶えず脅かされ、身を隠し、 平穏な日常の陰で、錠なき自室で繰り返される自己鍛錬、 その生死流転の日々のなかで咄嗟咄嗟の判断を強いられた青少年には、 この手の無分別が備わってしまうものだ。 今さら誤魔化したって後の祭りであろうと隠蔽癖の発作せずにはいられない。 こうした衝動の迂闊さ無策さ愚劣さは、似たような経験のある人なら友愛の精神でもって許してくれると思う。 もちろんあやせたんさんは許してくれなかった。 「――お兄さん、これは何ですか」 俺の指先は、キーに触れかけたところで静止していた。直前、あやせが俺の手首をガッチリと掴んだのだ。 「あ、あやせ?」 去年の夏コミで見せた雷鳴のごとき大声疾呼ではない。抑揚はある。しかし朗読めいた語調である。 問いという形式は見せかけで、内心は既にこうと決めてかかっているのが察せられた。 あやせの表情はわからない。つーか直視する勇気がない。 目は口ほどにものをいうが、そもそも目を見ないことには表情というものは窺い知れない。 だから俺は、あやせと目を合わすまいとあちらこちらにさまよわせた。だって怖いもん。 かわいらしい唇がすっごい感じにひきつっているのが、ちらっと見えちゃったもん。 土下座に定評のある俺であるが、ここではあえてやらなかった。 この場で大仰に跪くとなれば必然、あやせたんさんの手を振り解かざるを得なくなり、 その狼藉で彼女の心証を害するおそれがある。……笑えばいいと思うよ。 「…………」 硬直したまま時が過ぎる。 あやせに手首を掴まれたままだが、こんな状況での触れあいは嬉しくも何ともない。 俺はあやせの恥じらう姿に興奮したいのだ。だいいち、姿勢からしてよろしくない。 俺が俺から見たあやせの右脇へ半身で左手を伸ばし、そこをあやせが真っ向から左手で掴んだので、 そのときの俺はというとあやせの正面に半ば背を向ける格好であった。 期せずして、国際展示場での桐乃とほとんど同じ格好であやせに捕らわれていたってわけだ。 あのときのウソウソ連呼を思い出せば色気もなにも吹き飛んでしまう。 「…………」 さてこの間、あやせは一言もものを言わなかった。 おおかた、最も激しい苦痛を与えるにどこを蹴ればいいのか吟味してでもいるのだろう、と、このときの俺は考えた。 妹に劣情を抱くばかりか全方位セクハラ外交をしかねない高坂京介なるド変態鬼畜野郎が、 再三再四の決死の抗議活動を顧みず、更正するどころかいっそう変態性を強めている。 昼間っから、妹にいかがわしいことをするゲームに夢中である。恥知らずである。 これでは開き直られたようなものである。激怒するには充分すぎる。まことに万死に値する。 ここで俺が言い訳したって火に油を注ぐようなものだ。いや、これでは同語反復になってしまう。 あやせが俺の言い訳に怒らなかったためしはない。 パソコンの画面が暗転し、スクリーンセーバーに切り替わった。 冷却ファンの音が歎息したように落ち着いた。雨音が激しくなった。雷のないのが僥倖だった。 鼻腔を蕩かす髪の香に、ようやっと気がついた。 覚悟が決まった。俺はあやせの能面面を伺いつつ、震える手で恐る恐るお盆を机に乗せた。 お盆を持ったままでは、あやせが割れ物に気兼ねして俺を蹴れないと踏んだからだ。 そして俺は言い訳を開始した。 「な、なああやせ。どうしてそんなに……その、なんだ。 だってさ、おまえも前から知ってたろ? 今さら……」 あやせは俺の手を掴んだまま俯くと、なにやら自分自身を納得させるように、 「そう……ですね。……わかりました」 と呟きながらパッケージを置き、不意に仏頂顔を和らげた。俺は些か拍子抜けして、 「へ? なに? 許してくれんの?」といつもの調子になったところ―― 「お兄さんは変態です。どうしようもないシスコンの変態です。 ですから――わたしがどうにかしないといけないということが、よく、わかりました」 突然――あまりに突然に、あやせは俺を突き飛ばした。 ぱっと俺から手を離し、すかさず桐乃に匹敵するほどの胆力で、ベッドに向け突き飛ばしたのである。 「これからお兄さんの変態は、わたしが『処理』することにします。 お兄さんは、わたしだけにセクハラすればいいんです……」 数分後―― 俺とあやせは、大人になった。 ◆ このときの俺はあやせの乱心を前に茫然自失し、抗おうという気持ちすら持てなかった。 「お兄さんは大嘘吐きでしょう? なのにどうして嘘をつくの? 嘘じゃないのは嘘じゃなかったの?」 なんてわけのわからないことを口走ったり、 「なら、わたしが…………になるしか、わたしが…………するしかないじゃないですか。 そうよ。これは桐乃のため。桐乃を……そう、護るためなんだから。桐乃だって、きっと……」 なんて怪しい独り言を呟いたりしながらあやせは俺をベッドに押し倒すと、 俺のベルトをかちゃかちゃと鳴らしつつ、のしかかって来たってわけだ。 俺は手錠をはめられているでもないのに、時折 「やっ、やめろあやせ……俺にはき……く……ま……さ……が、うあぁっ!」と あやせの暴虐ぶりを申し訳にたしなめるくらいで、 男の腕力に訴えようなどとは露ほども思わず、ただただ茫然として年下の少女にいいようにされていた。 たぶん、あやせの光彩の失せた瞳が純粋に怖かったからだと思う。 元の顔立ちが整っているので、それだけに凄みがあった。 だがちょっと待って欲しい。 高坂京介は男の子である。リビドーとミンネとに溢れた男子高校生(十八歳以上)である。 いくらあやせが怖かろうと、俺はなんだかんだであいつのことが大好きなのだ。 ひと息に腰を落としたあやせは大粒の涙を浮かべ、か細い声で切なげに喘いだ。 俺はそんなあやせを目にして、薄い本におけるヘタレ主人公のごとき変心にみまわれた。 にわかにあやせがいぢらしくていぢらしくてたまらなくなり、なにを勘違いしたのか 「ちきしょーめ! あやせはこんなにも俺を想ってくれたのか! なんて幸せなんだ俺ってやつはぁ!」 と独り決めしたのである。 「そっかそっかぁ。あやせは俺のこと好きだったのかぁ。 恋するあやせはせつなくてお兄さんを想うとすぐ逆レイプしちゃうのかぁ。 フヒヒッ、可愛いなぁもう。あやせは可愛いなあ!」 声を震わせて馬乗りの腰を微動させるあやせの姿は、痛ましくもあり、艶めかしくもあった。 身を刺し貫かれる痛みというのは相当なものだろう。 体の内部に押し入る異物で息が詰まり、眉が苦悶の形にゆがんでいた。 乱雑にはだけられ、着崩れた上衣の間から、バラ色に汗ばんだ肌が覗いて見えた。 上体をゆっくりと揺らすごとに下着の肩紐がずり落ちて行った。 仰け反ると、垂れた黒髪が白い鎖骨に引っかかり、その黒と白の対照が俺の目に焼き付いた。 またもあやせが悲鳴をあげた。俺の忌々しい欲望が彼女に、さらなる負担を強いたのだ。 俺は目の前の少女が愛しかった。あやせたんが愛おしかった。 「ヤンデレでもいい。エロ可愛くデレて欲しい……」なんてトチ狂ったモノローグを並べるほどに、ぞっこん参っちまっていた。 「やべぇ……俺、超ブヒるかも……」と鼻息を荒くし、「ぺろぺろしたい! ぺろぺろしたいぞマイエンジェルッ!」と情熱を燃やし、 あたかもHシーン直前に恥じらうツンデレ妹を感極まって抱きしめる兄のごとく「ああ……俺は、こんなにも――彼女を愛していたのか」と、 おれのほんとうのきもち(おめーぜってーヤりてーだけだろと毎度突っ込みを欠かさないのは俺だけじゃないはず)を感傷的に捏造した。 それこそ薄い本のヘタレ主人公みたくな。 そうなれば、せめて彼女を、いとしいしとを苛む甘く切ない痛みを和らげてあげたいと願うのが人情だろう。 俺は彼女の苦痛を減ずる術を知っていた。ソースはもちろん薄い本だ。 下着が外れて、青少年が単行本や映像ソフトを買う副次的な目的であるところの突起がこぼれ出た。 それでとうとう俺は感極まって声を発した。 「……あ、あやせぇ!」 好きだあやせ愛してると唱えながら双丘に手を伸ばし―― ぱしっ。 「触らないでください」 ……はて? 幻聴だらうか? も一度わきわき手を伸ばす。 ばしっ! 「触らないで。穢らわしい」 俺の手は払いのけられた。打たれた箇所がしびれるくらい、思いっきり打ち払われた。 「あ、あのぅ……あやせさん?」 「うるさい……。しゃべ……るな変態……」 激しい動きをした反動か、あやせは痛みに喘ぎ喘ぎ呟いた。 涙声が超エロいが、俺はというと唖然として、言葉の意味ばかりが気にかかっていた。 「いや、ちょっ、おま……俺のこと好きなんじゃ……」 「はぁ? な、なにを馬鹿なこと……い、いってるんですか…… わ、わたしがお兄さんのことを……好きになるなんて……、ん……ありえません。 か、勘違いしないで、ください。 これは桐乃のため……桐乃を、変態のお兄さんから護るため、なんですから」 俺はようやく理解した、あやせという人物を。 ◆ この女は目的のためなら手段を選ばない。 その気になれば、友情を逆手にとった匿名の脅迫メールを桐乃の友人たちに送りつけて 桐乃を孤立させ桐乃自身にも同種の脅迫メールを送りメルアドが変えられても送り続けて 桐乃の精神を追い詰めに追い詰め それで最後に自分がたった一人の味方であり理解者である最愛の親友 すなわち救い主として現れて桐乃を自分に依存させ桐乃のすべてを掌握して大団円を迎える、 なんてことだってやりかねないのだ。 やけに例えが長ったらしく具体的なのは俺の魂(前世の記憶?)がそう告げているからである。 そんなやつだからこそ、自分の体を張って、文字通り一肌脱いで桐乃を護るという鬼畜ゲーめいた行為を実行した。 桐乃を俺から護ろうと真剣に考え抜いた末にたどり着いた結論が、前もって俺を強姦することだったってわけだ。 下の欲求が解消――それも最悪な形で解消されれば、俺が桐乃に手を出す理由なんかなくなっちまうからな。 ……穴だらけどころかいかにもあやせらしい気違った論理だが、俺は見るからに甲斐性なしだし、 ある意味では正解なんじゃないかと思えてしまうのが情けないところである。 先だって真剣に考え抜いた末に云々とつい早まって述べてしまったが、 今の俺は、おそらくあやせは前々からこうなる機会をうかがっていたのだろうと考えている。 桐乃や桐乃の両親がいつ帰ってくるかもわからないのに、 発作的にこんなけしからんことをおっぱじめてしまうほどあやせは軽率ではないはずだ。 この日、桐乃は門限ぎりぎりに帰宅したし、後で聞いたところによると読モがらみの用事だったという。 そもそもプレイ中の妹ゲーを見たくらいで、あそこまで激昂するのは不自然というものだ。 激怒する機会を見計らい、ヒステリーの発作の応用で俺を手込めにしようって魂胆だったんだろうよ。 ……まあ、こんなことはみんな憶測に過ぎない。被害者の思い込み、でっち上げの後付け根拠、 いわば馬鹿げた饒舌だがね。 あやせもあやせで、ぶちきれたら自分自身何をしでかすかわからない人種だからな。 恋人にどっちつかずの態度をとられたはずみにそいつを刺し殺したりとかしそうだもん。 とにかく俺は今回のことで思い知らされたよ。あやせがどれほど桐乃のことを大切に思っているのかをさ。 あやせは桐乃が大好きだ。そりゃもう気持ち悪いくらい大好きだ。 ことによると桐乃がエロゲーを愛する以上に、桐乃に執着しているのだろう。 だからどうせ俺なんか、桐乃に比べたら路傍の石みたいなものなのだ。 あやせにとっては、俺と初体験しちまったのだって、どうせ犬にかまれた程度のことなんだろうさ。 当時の俺も、今の俺ほどの確信は持たなかったが、まあ似たり寄ったりの諦念に達していたんだと思う。 あやせは嘘が大嫌いだから俺に嘘なんかつくはずがない。したがって彼女の罵倒は強がりなんかじゃ断じてない。 すなわち言葉通りに俺のことが大嫌いってわけさ。 俺はこんなにもあいつのことが大好きなのにな。まったく、ひどいやつだぜ。 (誤解されないよう宣言しておくが、あんなことやこんなことがあった今でも、俺はあやせが大好きだ。 超好きだ。我ながらマゾなんじゃないかって思うくらいだ。あいつが俺をぞんざいに扱えば扱うほど、 なぜかもっとかまって欲しくなる。実にかまってちゃんなのである) しかし当時の俺は今の俺ほど図太くなかった。 途方もない快楽と失望の板挟みに翻弄され、軽口を叩く余地もものを考える余地もなく、 まあなんだ、アレだ、ものすごく情けない状態に立ち至っていたってことだ。 「……不快、です。こっち見ないで、ください……。あっ……?」 種馬ってこんな気持ちなのかもなぁ……と考えながら、俺は抜かずの三発目に達したのであった。 こってり搾られるとはこういうことだろう。 天井の染みを数えようにも目が翳んで出来なかったという記憶が、生々しく残っている。 アフターケアもひどかった。 「わたし、お兄さんに襲われました」 あやせは床で身繕いをしながら言った。 「お兄さんが、わたしを襲ったんです」 下半身丸出しでベッドに伸びている俺には見向きもせず、 その口調はまるで事実を述べるように淡々としている。 「なっ……あ、あやせおまえ……」 「ド変態のキモオタ野郎とこのわたし。みなさんは、どちらの言い分を信じると思いますか」 脅迫である。口封じである。 「さて、と」 薄紅色の染みたティッシュを傍らのくずかごに捨てて立ち上がると、 あやせは視線を部屋中にさっと巡らせてから、あらためて俺に振り向いた。 「ねぇ、お兄さん」 あやせの浮かべたとっても可愛い微笑みに、不覚にも心の男根が反応してしまう。 散々に鍛え直された理性は警鐘を鳴らすが、 「目を、瞑ってくださいませんか?」と懇願するあやせの美声は、 愛情に飢えた俺には天上のもののように聞こえたのだ。 「あやせってばもう! この照れ屋さんめ!ちゅっぱちゃっぷすなら望むところだぜ!」 などと懲りずに胸をときめかして言いなりになる。 ベッドの上にちょこなんとかしこまり、目を瞑って十数秒―― 「えいっ」 「ぶべらっ!?」 なに? 今のなに? コキャッっていったよ? 軟骨? 軟骨すごい角度なってない? 鼻を押さえて顔を上げると、あやせが俺の学生鞄を振りかぶって、 今にも第二撃を繰りださんとしているところだった。瞳の中の光彩は、案の定失せている。 「は、早まるなあやせ! 殺さないでくださ――」 「とうっ」 「う゛ぉるてすっ!」 俺はいつか親父に殴られたときのように吹き飛び、壁に後頭部を強かに打ち付けた。 がっくりとうなだれて、すると絶え間なく流れ出る鮮血が腕を伝い降りシーツが俺の血にまみれてしまう。 あやせの小さな血痕が、もはや気にならないくらいになってしまう。 「ふぅ……。もぉ、お兄さんたら、ドジなんだから。――シーツが汚れてしまいましたよ?」 あやせはそう言いながら俺の鼻に乱暴にティッシュをあてがい、ぽいとくずかごに放り込む。 止血どころか、ぐっちゅんぐっちゅんと左右に揺らして出血を促すのである。 これはひどい。実にひどい。 まもなく、赤々と血の滲んだティッシュの玉がこんもりとくずかごに盛り上がった。 俺は、ぼんやりとそれを見つめたはずみでついにどっとむせび泣いた。 その有様はというに、わびしく丸まった背中からラララというオノマトペが流れ出んばかりである。 口惜しさに歯噛みして、ギギギという音さえ漏れる。 この女は証拠を隠滅するためだけに、俺をこんな目に遭わせたのだ。 痛い……心も体もとても痛い……。 くやしいよう、くやしいよう……桐乃……。 「今日のところはこれくらいで失礼させていただきます」 と、あやせは男泣きに泣きじゃくる俺にかまわずドアに手をかけた。 「……今日のことは、わたし、黙っていてあげます。なので、お兄さんも――黙っていてくださいますよね」 髄の髄まで躾けられてしまった俺は、泣きながらでもうんうんと頷いてしまう。 「ではお大事に」 突っ込む気力も持てなかった。 換気で窓の全開されているせいか、窓越しではあんなにも心地よかった雨音は、 うちひしがれた俺の耳にはもの悲しく響いていた。 きっとあやせも同じ頃、雨に打たれていたのだろう。俺の臭いを消すために、わざと濡れて帰るんだ。
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1291723688/434-514 * * * どれぐらいの時間が経ったのか、俺は、じわっとのしかかるような不自然な重圧感で目を覚ました。 「な、何だ、妙に寝苦しいな……」 窓から漏れる月明かりが微かに差し込む薄闇の中、 眼前には、俺にキスをねだるように、おちょぼ口をしたあやせの寝顔が横たわっていた。 『ひぃ!』 俺は、絶叫しそうになったが、辛うじてこらえた。 なんて寝相が悪い女なんだ。 あやせの甘い吐息が俺の顔面をそよ風のように撫でていく。 いかん、股間のハイパー兵器にエネルギーがチャージされちまうじゃないか。 「し、しかし、す、据え膳食わぬは、男の恥か?」 手前勝手な理屈をつけて、このまま、あやせの唇を奪おうかとも思ったが、その最中に、あやせが目を覚ましたら、 俺は確実にブチ殺されるだろう。 「で、でも、何で、こんなに色っぽいだ」 普段のあやせは、“可憐な”という形容がぴったりだが、今は、“妖艶”と形容すべき色香が漂っていた。 「ほ、ほんのちょっと、だけなら……」 軽く触れるだけなら、あやせも目を覚まさないかも知れねぇ。あくまで、軽く、だけどね。 ちょこんと突き出たあやせの口唇に、俺も自身の口唇を近付けた。 多分、そのざまは、ひょっとこのように唇を突き出した無様なものだったに違いない。 それでも、俺は、一~二センチほど、自分の顔をあやせの面相に接近させた。 月明かりと、街灯の光で、青白く光るあやせの頬が、微かに朱に染まっている。 だが俺は、閉ざされた瞳に、うっすらと涙が浮かんでいるのを認め、はっとした。 彼女は、触れてはいけない、月下の花なのかも知れない。 「だ、だめだ……」 あやせのバラのような口唇を奪いたいという欲求は、臨界点突破寸前だったが、すんでのところで、俺の理性が それを抑制した。 ブチ殺されるのが怖かったからじゃない。 あやせの気持ちを無視して、彼女を抱いたりしたら、ひどく惨めな気分に襲われて、絶対に後悔するだろう。 微かに涙を浮かべた女子を、欲しいままにするというのは、少なくとも俺の趣味じゃない。 「と、とにかく、この状態から、脱しねぇと……」 俺は、あやせが目を覚まさないように、ゆっくりと布団から這い出すことにした。さながら、芋虫のように、もぞもぞと 身をよじりながら、あやせが転がってきたのとは反対側の布団の端から、何とか這い出ることが出来た。 「どうにか抜け出られたか……」 ほっとして壁際にへたり込んだ俺は、あらためて布団の上のあやせを見た。 奴め、パジャマ一つで、俺の布団の上にうつ伏せになってやがる。 「このままじゃ、風邪をひいちまう」 この地方は内陸なので、日中の寒暖の差が大きい。深夜から明け方にかけては、ゴールデンウイークの頃であっても、 早春の千葉並みに冷えるのだ。 俺は、寝ているあやせの身体に、彼女が本来使うべきだった布団を掛けてやった。 「俺自身も、何か着ないと、もたねぇな……」 箪笥を静かに開けて、何か羽織るものはないか物色した。手近にあったウールのPコートをハンガーから外し、 それに袖を通して、壁際にうずくまった。 「う~~~ん……」 艶かしいため息とともに、あやせは、ばんざいをするように、伸びをしがら寝返りをした。 あやせが目を覚ますのかと思い、俺はドキッとしたが、あやせは、そのまますやすやと寝息をたて始めた。 しかし、 「うわ、こいつ、パジャマの前をはだけてやがる」 ばんざいをしたことで、あやせの胸元が布団からはみ出していた。その胸元のボタンは全て外れており、胸の谷間が、 見え隠れしている。 「ノ、ノーブラなんじゃね?」 控えめではあるが、ぷっくりと盛り上がった乳房が艶かしい。よく見ると、汗ばんだ肌に張り付いたパジャマのせいで、 乳首の形さえも把握出来た。 「し、しんぼ、たまらん……」 『バストのサイズが、戦力の決定的な差でないことを教えてやる』ってところか。 今、目の前に寝ているあやせは、俺を惑わすエロス全開の妖しい魅力に満ちていた。 あのパジャマの前をちょっと左右に引っ張るだけで、あやせの乳房が、ぽろんと丸出しになるだろう。 その乳房に顔を埋め、先端に花開く乳首をすすりたい、そんな衝動的な欲求が、下腹部からマグマのようにたぎってくる。 「だが、やったら最後、本当にブチ殺されるな……」 俺は居たたまれなくなって、部屋の外にそっと出た。足音を立てないように階段を下りて、トイレに向かう。 「暴発寸前だった……」 下着を下ろすと、はちきれんばかりに怒張した俺のハイパー兵器が屹立していた。 俺は、先ほどのあやせの痴態を思い浮かべながら、その先端をひたすらしごき、摩擦した。 バラ色の口唇、小さいけれど、丸く盛り上がった乳房、それとパジャマ越しでもその存在を主張していた乳首……。 それを思うだけで、俺の劣情はピークに達しようとしていた。 「う、うっ……」 陰茎から脳髄にまで、電撃を食らったような痺れとも、車酔いのような眩暈とも表現出来そうな快感が走り抜け、俺は、 トイレの床と壁に、白濁した精液をぶちまけていた。 俺は、はぁ、はぁ、と荒い息遣いで、べっとりと精液にまみれた自分の手を見た。 「何やってんだ、俺って……」 射精後の快楽が潮のように引いていくと、ひどく惨めな気分になった。 俺は、トイレットペーパーを長めに引き出すと、白く汚れた自分の陰部と両手を拭い、もう一度、長めにトイレット ペーパーを引き出し、それで床や壁に飛び散った白い汚れを拭い取った。 それらを流して、両手を洗い、俺は、よろよろと階段を上って行った。 そして、本来なら、あやせが寝るべきだった部屋に入ると、布団も何も敷かずに、そのまま壁にもたれて、瞑目した。 「あやせを襲っていたら、あいつにブチ殺される前に、死ぬほど惨めな気分になったかもな……」 冷たく、苦々しい思いを噛み締めながら、俺はいつしか眠りに落ちていった。 * * * 「つ! い、いてぇじゃねぇか」 何者かが俺の鼻を摘んでいる。いや、誰であろうかは、察しはついているんだけどさ。 この下宿屋には、お婆さんと俺とあやせしか居ないっていう状況から言っても、こんな非常識な起こし方をする点か らしても、あやせ以外に考えられないよな。 「キモ……、なんでこんな壁際にうずくまっていたんです。ちゃんと布団で寝ないとダメじゃないですか」 「ダメって……。おい、おい……」 誰のせいだよ……。お前が、ゴロゴロと転がってきて、俺の方にのしかかって来たから、おれは布団から出て、ここに 避難したんだろうが。 そんな思いで、あやせと目を合わせた俺は、寝起きということもあって、相当に目つきが悪かったのだろう。 「何ですか、その恨みがましい反抗的な態度は。それに目つきが悪いこと……。本当に性犯罪者予備軍ですね」 「悪かったな、どうせ、俺の面相は不細工だよ」 汚物を見るような、あやせの冷たい視線が辛くて、俺は、不貞腐れたようにそっぽを向いた。 「大人げないですね、お兄さん。それに、お兄さんの顔は不細工なんかじゃないじゃないですか。初めて見たとき、結構 いいなぁって、思ってたんですけど」 「そうかい……」 去年の夏だったか、あやせの部屋で、そんなことを言われたっけ。でも……、 「今は、大嫌いなんじゃねぇの? 俺、お前のあのコメントが未だにこたえているんだけどよ」 「そうですね。今のままでは、私、お兄さんを好きにはなれません。でも、お兄さんは、私と結婚したいんでしょう? だったら、私に構わず、腕ずくでものにするとか、考えないんですか」 「はぁ?」 何を言ってるんだ、こいつは。 散々、大嫌いだとか、死ねとか、ブチ殺しますとか言っていたのと同じ口が、妙な言葉を紡いでやがる。 理解不能とばかりに、眉間にシワを寄せていた俺の顔を覗き込むように、あやせは、すぅ~っと色白の面相を俺の顔 に近づけてきた。 「お、おい、あやせ……」 そのままキス寸前という間合いまで白い面相を近づけたが、それも束の間、あやせは顔をちょっと右に傾け、 俺に耳打ちするように囁いた。 「夕べは、どうして襲ってくれなかったんですか?……」 「な、な、なんだって?」 マジかよ?! だとしたら、このアマ、寝相が悪いってのはフリだったのか。こいつは、わざと、おれの上に転がってきて、顔をぴったり くっ付けてきやがったんだ。その時の、こいつの顔が、キスをねだるようにおちょぼ口だったのは、そのせいか。 それに、パジャマの前ボタンは外れていたんじゃない。外していたんだ。くそ……。 「お兄さんの顔色って、信号機みたいに、青から赤へ変わるんですね」 「ぐぬぬ……」 再びキス寸前の状態で俺と向き直ったあやせは、それだけ言うと、すぅ~っと立ち上がり、上から目線で、冷笑とも、 嘲笑とも、はたまた微笑ともつかない笑みを俺に、投げかけている。 「お兄さんは変態のくせに、寝ている女の子にキスも出来ないんですね。何かの悪い病気ですか?」 こいつの脳内では、俺は近親相姦上等! の鬼畜ド変態ということらしいから、あやせにしてみれば、肩透かし喰らっ たというところか。 悪いが、俺は、あやせが期待するような変態じゃないから、一応は理性ってもんを多少なりとも持ち合わせている。 それに……、 「逆に訊きたいんだけどよ。もしも、俺が、あやせにキスをしていたらどうなっていた?」 あやせの瞳から虹彩が、すぅ~っと、消えた。 うぇ、やべぇ……。こういうの、薮蛇っていうんだな。 「聞きたいですか?」 「い、いや……、べ、別に……」 俺は全力で首を左右に振りながら、それだけを呟くように力なく言った。 キスしていたら、俺がどうなっていたかは、わざわざ訊くまでもないことだった。 「そうですか……。それなら、この話はこれでお仕舞いにしましょう。だから、お兄さん……」 「な、なんだよ……」 「そんな壁際に貼り付いていないで、ちゃんと着替えて、さっさと顔を洗って来てください。間もなく朝食の時間ですから、 遅れないようにしてくださいね」 口元に妖しい笑みを浮かべて、俺にそう告げたあやせは、舞うような優雅な足取りで部屋を出て、階下へと向かって 行った。 でもね、目が全然笑ってないんだよ。 「ふぅ……」 錯乱しそうな頭を抱えながら、俺はのろのろと起き上がり、自室に戻ってPコートと寝間着代わりのスウェットを脱いだ。 布団は既にあやせが畳んで仕舞っておいてくれたらしい。 「しかし、あいつは、俺が大嫌いだったんじゃねぇの?」 そんな女が、寝相が悪い振りをして、俺の上に転がってくるだろうか? 普通に考えれば、それはないだろう。 あやせが普通の女の子なら、俺に脈ありと考えるのが自然だ。 だが……、 「あいつは、桐乃に対しても、擬似的な恋愛感情を持っていそうだからな……」 桐乃に想い人が居て、それがこともあろうに、桐乃の実兄である俺だというのが、心底気に食わないのかも知れない。 一番の親友である桐乃の心を奪った、憎い相手。それが俺か……。 「朝から鬱な気分だよな……」 俺は、ダンガリーのシャツに袖を通し、ジーンズをはいた。 典型的な貧乏学生のファッションだが、着やすいし、動きやすいから、これで十分だ。 そういえば、さっきのあやせも、下はベージュのコットンパンツで、上は、黒っぽいタイトな感じのブラウスか何か だったな。 あいつのパンツルックは、あまり見ないから、新鮮だった。それに、桐乃同様、脚が長いから、すごく似合っていた。 おっと、いけねぇ、いけねぇ……。あいつにとって俺は敵。俺も、安易に心を許しちゃいけねぇな。 「顔でも洗ってくるか……」 冷水で顔でも洗えば、少しは気持ちも引き締まるだろう。 敢えて湯を使わずに、朝方の冷たい水で洗顔し、顔を拭きつつ八畳間に行くと、昨夜と同じように、あやせが配膳を していた。 「あら、お兄さん。顔は洗いましたか? 何だか、寝ぼけたようなすっきりしない表情ですね」 誰のせいだと思っているんだ? と詰ってやりたかったが、やめておいた。 ちゃぶ台の上には、料理が全て配膳されており、お婆さんが飯茶碗にご飯をよそるところだった。 「あら、あら、ちょうどいいところに高坂さんが来てくれました」 「おはようございます。ちょっと、寝過ごしてすいません」 ご高齢だってのに、律儀に賄いをしてくれている下宿の主には頭が下がる。 もちろん、下宿代を払っているからなのだろうが、地場の食材をふんだんに使った食事の内容とか、その手間を考え ると、これで採算が取れているのか、こっちが心配になるくらいだ。 「これ、鰆ってお魚を白味噌に漬けておいて、それを焼いたものなんですって。こんなお料理、初めて知りました」 先にちゃぶ台の前に座っていたあやせが目を輝かせて、皿の上の料理を指差した。いわゆる西京焼きのことだろう。 たしかに、白味噌自体が千葉の方じゃポピュラーじゃねぇからな。 「まぁ、まぁ、西京焼きは、この地方じゃ、ありふれたものなんですけど、喜んでもらえると、うれしいですね」 そのお婆さんに、あやせは、この地方の料理について、あれこれ訊いている。黒猫もそうだが、あやせも意外に家庭 的なんだな。家事全般が嫌いで、料理もダメダメな桐乃とは大違いだ。 食事中も、あやせはお婆さんの作った料理に興味津々で、お婆さんを質問攻めにしていた。あやせって、思い込みが 激しいから、興味深いものがあると、とことん食らいつくんだな。お婆さんは、いい迷惑なんだろうけどさ。 「ここでは、米麹をたくさん使ったお味噌が普通なんですよ。少し甘味があるのは、米麹のせいですね」 「そうなんですか~」 あやせとお婆さんの会話は、料理にうとい男の俺にはよく分からない。 まぁ、俺のことを話題にしている訳じゃねぇからな。適当に聞き流しておこう。 俺は、湯気を立てている味噌汁をすすった。 たしかに関東のものよりも甘いが、白味噌と昆布出汁のコンビネーションが絶妙で、これはこれで旨い。 「そういえば、お兄さん」 「な、何だよいきなり」 あやせが、半眼の恨みがましい視線を俺に向けている。 「さっきから何ですか。私がお料理のことで話し掛けても、生返事だけで、一言もしゃべらずに……。だから、お姉さんに も愛想を尽かされたんです」 「お、おい! 麻奈実のことは関係ねぇだろ。それに、俺は料理ことなんか分からねぇから、お前の話にはついていけ ねぇよ」 「それだから、お兄さんはダメなんです。分からなくても、相手を立てるつもりで、話を合わせるって出来ないんですか?」 「そいつは、話題によるだろ? お前だって、お前がいかがわしいと思っているゲームや漫画の話だったらどうなんだよ。 妹物とかさぁ……。そんな話題でも適当に相槌打って、会話を笑顔で続けられるのか?」 『妹物』というのがNGワードだったらしく、あやせの顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まった。 「け、穢らわしい! あんないかがわしいものと、お料理の話を一緒にしないでください。ブチ殺しますよ」 「それ見ろ。お前だって、苦手な会話にはついていけねぇだろうが。それに、お前の料理に関する話は、 お婆さんが応答してくれたんだ。俺なんかが、出る幕じゃねぇよ」 「そうですよ、あやせさん。お料理の話は、男性である高坂さんには難しいでしょうね。それに、朝っぱらから 『殺す』だなんて物騒な。あなたのようなお嬢さんが使っていい言葉じゃありませんよ」 俺ばかりか、味方だと思っていたお婆さんにまで、たしなめられるとは思っていなかったのだろう。 「……分かりました。兄に対して粗野な言葉を使ったのは反省します。ただ、わたしは、兄と……」 「俺と何だって?」 「い、いえ、何でもありません……」 それだけを呟くように言うと、あやせは無言のままうつむいて食事を続けた。 その後は気まずい雰囲気が支配し、会話らしい会話もないまま、朝食が終わってしまった。 後味が悪いな。いや、朝飯は旨かったんだけどさ。 そして、場の雰囲気を壊したことを反省してか、あやせはお婆さんに代わって、食器を洗っている。こうした責任感が 強そうなのは結構なことなんだが、そういう奴ってのは往々にして思い込みが激しいからな。あやせもご多分に漏れずだ。 「あ、それは漆器だから、丁寧に洗ってくださいね」 あやせの傍らには、お婆さんがつきっきりで、時折、あやせに対して注意を与えている。 会話だけだと、男の俺にはよく分からねぇが、あやせの家事のスキルは、それほど高くはなさそうだ。ただ、思い込み の激しさで、熱意だけはあるというところか。 「その熱意が、うまく作用すれば、いいんだけどな……」 モデルとして今も頑張っているのは、その現れなんだろう。 「その熱意の源である、思い込みで、他人を拘束するのは勘弁してほしいが……」 俺は、俺で、ちゃぶ台の上を布巾で拭ってきれいにした。 店子である俺も、高齢である主を少しでも手助けするつもりで、こんなことをやっている。 「俺だって、あやせが話題にしていた料理のことも、少しは対応出来るようにしとくべきかもな」 あやせの朝食時の言動には、たしかに問題があったが、俺にだって少なからず非はあるのだ。 俺は、ため息一つを吐くと、汚れた布巾を洗面所で軽く洗い、それを台所へ持って行った。 目が合った下宿の主には、自室で一休みの後、昨日書いたレポートを印刷するために、大学近くにある 『フェデックス・キンコーズ』に行くことだけを告げ、自室に引っ込むことにした。 あやせは、そんな俺とお婆さんには目もくれず、ひたすら皿洗いを続けていた。 「頑固な奴だ……」 黒猫も強情だったが、あやせも強情さでは同レベルか、その上を行きそうだ。 黒髪ロングの美少女ってのは、おしなべてこうなのか? だとしたら、俺も女性の好みを考え直す必要があるかも知れねぇ。 誰だか知らんが、あやせと結婚する奴は、色々と苦労することだろう。 「とは言え、多少は機嫌をとってやらねぇと……」 あやせのことだ。この後も監視目的で俺をつけ回すことだろう。 であれば、レポートを印刷するためだけに出歩くのでは、面白くない。 俺はパソコンを起動し、ブラウザを立ち上げ、検索エンジンで『禅寺 抹茶 庭園 拝観』のキーワードで検索した。 「これだな……」 画面には、大学近くにある禅寺で、庭園を鑑賞しながら、抹茶を楽しめるという旨の記事の概略が表示されている。 以前、この下宿の主が教えてくれた寺に違いない。 何でも、寺の内部を拝観出来、拝観後は、抹茶を飲みながら見事な庭園を鑑賞出来るというものだ。 爺むさいとか言われそうだが、こうした体験は、千葉では絶対に無理だし、何よりも、歴史ある寺社が数多く存在する、 この地方らしいレクリエーションと言えた。 「場所も、『フェデックス』のすぐ近くだ」 店からは歩いて十分ほどの距離だろうか。印刷に、待ち時間も含めて、どれだけの時間がかかるか分からないが、 うまくすれば、十時前には、抹茶をたしなみながら、見事だということで定評のある寺の庭園を鑑賞出来そうだ。 「キモ……。何をニヤニヤしているんですか」 いつもの毒のあるコメントがしたので振り返ると、食器洗いを終えたらしく、双眸を恨めしげに半眼にしたあやせが 俺の背後に佇んでいた。 「……お前なぁ、俺には、もうちょっと優しい言葉を掛けてくれたって、ばちは当たらねぇだろうに」 「見たまんまを言ったまでです。パソコンの画面に釘付けになっていて、わたしが部屋に入って来たことも気付かない のは異常です。きっと、エッチなサイトでも見ていたんでしょう。これは、もう通報、通報ですよ!」 「そうかい……」 『通報』の常套句にも飽きてきた俺は、あやせの言葉にはそれ以上突込みを入れずにパソコンの画面を指差した。 「何です、このお寺は?」 俺は、これからレポートの印刷のために大学近くの『フェデックス』まで行くこと、印刷が終わったら、画面に表示され ている禅寺で、庭園を鑑賞しながら抹茶でもたしなむことを手短に伝えた。 「変態なお兄さんには不似合いなシチュエーションですね」 「その悪態は聞き飽きた。で、お前はどうなんだ? 俺と一緒に行くのは嫌か?」 あやせは、瞑目して、ふっ、ふっ、ふっ……、と微かな含み笑いをしてやがる。この笑い方、黒猫なんかもよくやるな。 「お兄さんと行くのは嫌に決まっているじゃないですか。でも、このお寺の庭園は、見てみたいし、お庭を見ながら、 お抹茶もいただきたいですね。それに、変態なお兄さんを監視しなければいけまんせんから」 「そうくると思ったぜ。何にせよ、行き先に興味を持ってくれるんなら、それでいいや」 「それだけでいいんですか?」 「どういう意味だ? 何が言いたい」 「分かりませんか? わたしがお兄さんと二人きりで……」 あやせは、謎めいた含み笑いをやめ、そっぽを向いて、不機嫌そうに頬を膨らませていた。 「俺みたいな嫌な相手とでも、行ってみたくなるような場所だってのか?」 言い淀んでいるあやせの心情を代弁したつもりだった。 しかし、あやせは、眉を露骨にひそめて、いっそう不機嫌そうになってしまった。 「もう、いいです……。だから、お兄いさんは嫌いです」 なんで、そんなにツンツンしてるんだろう。こいつの本心って、本当に分からねぇな。 「なぁ、もしかして、俺とのデートだとかって、変に意識してねぇか?」 「そ、そんなこと、あ、あ、ある訳ないじゃないですかっーーーー!!」 こいつ、赤鬼さながらの形相で、俺のデコをグーで殴りやがった。 「いってぇ……」 目から火花が出るってのは本当だったんだな。俺は、自分の額を右手で押さえながら、机に突っ伏して痛みが引くのを待った。 「気持ち悪いことを言わないでください。やっぱり、お兄さんは変態じゃないですか。通報、通報しますよ、もう!」 「人を殴るってのは立派な犯罪なんだぞ。暴行罪って言ってな……。警察に通報したければ、勝手にしろ。ただし、 とっ捕まるのは、お前だがな」 「つ、捕まるだなんて、そ、そんな……」 法律を盾に正論で反撃されるとは思わなかったのか、あやせは、目を大きく見開いて、身を震わせている。 法学部の学生に、通報なんて連呼するからだ。バカたれが。しかし、こいつの態度は何なんだ。 「お前さぁ、何か意地張ってるみたいな感じなんだよ。とにかく素直じゃねぇんだな。疲れるだろ? そういうの」 「わ、わたしは、別に意地なんか張っていません」 「なら、俺と行きたけりゃ一緒に行く、俺のことが大嫌いだったら、無理に一緒に行く必要はない。それだけのことだ」 「そ、それは……、そうですが……。さ、さっきも言ったように、わたしはお兄さんを監視する必要があるから一緒に行くんです。 それ以上でも、それ以下でもありません!」 頑固な奴だなぁ。桐乃や黒猫も相当に頑固だったが、こいつは筋金入りだ。 「お前の建前は、どうでもいいや。選択肢は、二つ。一緒に行くか、行かないか、それだけだ。そのどちらを選ぶかは、お前の勝手だ」 「そうですか……。なら、勝手にさせていただきます」 俺は、あやせを努めて無視して、机から上体を起こし、額をさすりながらパソコンの時刻表示を確認した。時刻は午前 七時半過ぎだ。レポートを印刷してくれる『フェデックス・キンコーズ』は、サイトで確認したところ、祝日の今日は、八時 開店ということらしいから、そろそろ出掛けてもいいだろう。 USBメモリをパソコンに挿して、ちゃんとレポートのデータが入っていることを確認してから、それを通学で使っている ショルダーバッグに入れた。 「何か、羽織った方がいいかもな……」 この地方は、この時期、寒暖の差が大きいから、伊達の薄着は禁物だ。俺は、箪笥から、先日インターネットの通販で 購入した戦車兵用のジャケットを取り出した。 緑灰色のブルゾンといった感じだが、徹底的に機能的なデザインで、下手な市販品よりも格好がいいと思う。生地は、 消防服にも使われている燃えにくい特殊なものらしく、裏地には『HIGH TEMPERATURE RESISTANT』と記され たラベルが縫い付けられていた。 「……そのジャケット、似合いますね」 むくれていたあやせが、俺のジャケット姿に目を留めて、ぼそりと呟くように言った。 「まあな……」 さすがにモデルだけあって、服のデザインには敏感だな。 このジャケットは、タイトなシルエットで、軍用にありがちな野暮ったさが全くない。 「け、結構作りがよさそうな感じですけど、どこのブランドですか?」 あやせにしては珍しく、おずおずとしたためらいがちな口調だった。さっきの俺への狼藉を悔いているのかも知れない。 おっと、肝心の質問に対する答えだが、軍の放出品で、新品のくせに五千円程度で買えたってのは黙っておこう。 ブランドについても、「分からない」とだけ答えておいた。 「それはそうと、俺はそろそろ出るぞ。お前は、ご機嫌斜めのようだが、どうする? ここに留守番か? それともとっとと 帰るか、単独行動か……、まぁ、好きにしろ」 突き放すように言っったつもりではなかったが、あやせは、鼻白むように、下唇を噛んで、そっぽを向いたが、すぐに、 「きっ!」とした表情で俺を睨み返してきた。 「留守番も、このまま帰るのも、単独行動もしません! わたしはお兄さんの監視役なんですから、その責務を果たす までです」 「そうかい……。なら、一緒に来るんだな?」 「行きますとも! お兄さんは、危なっかしいから、わたしが見ていなくちゃいけないんです」 「はぁ?」 微かに頬を染めながらも、きっぱりと言い放つあやせ。俺は本当にこの女の本心が理解出来ない。 以前にも、頬を染めて、微笑みながら、俺を手錠で拘束したことがあったっけ。 照れたような態度で、手錠を掛けたり、殴ったり、いやこれは純粋に暴力か……、『ブチ殺します』とか『変態』とかを 俺に対して吐き散らすのは、こいつの歪んだ愛情表現か? まさかね……。 「わたしも、上に何か羽織ります」 あやせは、黒いタイトな感じのブラウスの上に、丈の短い上着みたいなものを羽織った。たしか、チュニックとかいう 奴だったかな。 「お兄さんのジャケットと、色がちょっと似てますね」 あやせの服も、オリーブ色というか、緑灰色というか、ミリタリー調の雰囲気だ。 最近は、ミリタリー調のデザインが流行ってのは本当らしいな。 しかしながら、さっきまでご機嫌斜めだったというのに、俺と同じような色合いの服を着ることを、今は喜んでさえいる ようだ。 ファッションのことになると、あやせは、態度や気分を変えるのか? これは、あやせがモデルだからだろうか、それと も女子全般に言えることなんだろうか。沙織あたりに訊いてみたいところだが、あいにくと、俺の方から桐乃の友人に 連絡することは、お袋から厳禁されている。 「さてと……、出掛けるか」 だが、沙織にも黒猫にも連絡すること禁じられた今の状況で、桐乃の親友であるという新垣あやせが来たという のは、何と言ってよいのだろうか。 要は、俺の行動を封じたところで、問題は解決しないってことなんだ。 桐乃だって、その気になれば、俺の居場所を突き止めて、やって来ることは十分に可能だろう。 「そのお店には、どうやって行くんですか?」 下宿屋を出て、狭い路地を並んで歩くあやせに、路地のきわから見えたバスの停留所のようなものを指差した。 「あの停留所から、路面電車に乗るんだ」 本当は、『チンチン電車』と言いたかったが、そんなことを言ったら、またぞろ『変態、ブチ殺しますよ!!』とくるに 決まっているからな。 「停留所は、道路のど真ん中にあるんですね」 「そうなんだ、だから、すぐ隣の横断歩道の信号が青になって、クルマの往来が途絶えたその隙に一気に渡るぞ」 「結構、危なそうですね……」 関東だったら、こんな危険な停留所は、絶対に許されないだろう。 だが、この地方は、間延びしているような雰囲気の中に、こうしたスリリングな部分もある。そこが面白いところだ。 「ちょうど信号が変わるところだ、あのクルマが通り過ぎたら、駆け足で行こう」 不意に、あやせが、無防備に下げていた俺の右手をつかんできた。 驚く俺に、あやせは、頬を微かに染めて、上目遣いで俺の顔を見詰めている。 「こ、怖いから、お兄さんと一緒に、渡りたいんです。い、いいですか」 「上等だ! よし、今だ、走るぞ」 あやせの手を引いて、俺は駆け出した。車道を渡り終えた頃、信号は早くも変わり、安全地帯に居る俺たちをかすめ て、大きなトラックが疾走して行った。言い忘れていたが、ここの信号は、無慈悲なほど早く変わるんだ。 「きゃっ!」 轟音と共に走り去ったトラックが巻き上げた風圧で、あやせの長い髪がかき乱された。 それを元通りにまとめようと、コームを使わず手だけで四苦八苦している姿には、年相応のあどけなさがあった。 「電車が来たな……」 西の方から、くすんだ緑色の電車が一両だけ、ゴロゴロという重苦しい音を立ててやって来た。昭和の中期頃に作ら れたんだろう。古臭い感じは否めないが、今の電車にはない重厚な雰囲気があって、俺は好きだ。 「床とか、本物の木で出来ているんですね」 乗車したあやせが、間髪入れず指摘した。なかなか目ざといな。今の電車は、耐火性をクリアする必要があるから、 燃えやすい木材はご法度だ。関東じゃ床が木で出来ている電車なんか走っちゃいない。 「東京にも路面電車はあるけど、どれも車両が新しいからな……。ところが、こっちの電車は、どれもこれも博物館入り してもおかしくないくらいの骨董品ばかりさ」 車内は、俺たち以外には五、六人ほどしか乗客が居なかった。 休日の朝だから、いつものラッシュアワーとはだいぶ勝手が違う。 俺は、運転台に近い席に座り、あやせも俺のすぐ隣に腰掛けた。 俺たちが座ったのを見届けるためだったのか、運転手が肩越しに一度こちらを見て、それから「発車オーライ」の声と 共に、ベルをチンチンと鳴らした。 「あ……、わたし、チンチン電車に乗るのって、これが初めてです!」 「今、何て言った?」 ちょっと意地悪く突っ込んでみた。 「え? あの、チンチン……、あ、あああっ!」 あやせは、自分が言ったことを思い出し、両手で顔を覆って赤面した。 「は、恥ずかしいです……」 「別に恥じることはないんじゃねぇの? 放送禁止用語でもないんだしさ」 「で、でも……、チ、チン…って、言っちゃいました……」 「お前が潔癖なのは分かるけどよ、もうちょっと気楽に行こうぜ。見るもの、聞くもの、自分が言ったことを一々気にして たんじゃ、身がもたねぇだろうが」 こいつは、社交的なようでいて、実は自分の殻に閉じこもっているのかも知れねぇな。何となく、そんな感じがしてきた んだ。 むくれていたのに、俺の服に興味を示して、機嫌がよくなったのも、 さっき、車道を渡るのが怖くて、俺の手をつかんだのも、 そして、今、自分の言ったことに気が付いて赤面しているのも、 あやせの心を覆っている硬い殻が、剥がれ落ちた瞬間だったような気がする。 「で、でも、わたし……、わ、わたしは……」 ただ、殻の中にある、こいつの本心が何なのか、俺にはさっぱり分からないけどな。 電車は、俺のそんな物思いをよそに、ガタゴトと古びた街並みを走り続け、いくつかの停留所に止まった後、終点に たどり着いた。 「ここからは降りて歩くんだ」 未だ赤面の余韻を両の頬に残しているあやせに、俺は右手を差し出した。 あやせは、一瞬、ためらうようにうつむいたが、おずおずと自分の手を伸ばし、俺の右手につかまった。 この街の繁華街でもある路面電車の終点付近は、連休中ということもあって、ごった返していた。 俺は、あやせの手を引いて、人込みの中を縫うように進んで行った。 目指す『フェデックス・キンコーズ』は、繁華街の中、仏具屋と老舗の呉服屋に挟まれて存在していた。 「ここですか? 立地条件が何かシュールですね……」 「たしかにな……。純和風な老舗の間に、こんな外資系の店があるんだから、変、ちゃ、変だよな」 古臭いものの中にも、突然変異的に最新のものが出現し、違和感がありつつも、いつの間にか馴染んでしまう。 そんな奇妙な街、それがここなんだ。 「まだ八時過ぎだからですか? 意外に空いていますよ」 ガラス張りで内部が丸見えの店内には、黒っぽいシャツを着た店員以外の人影がまばらだ。 やったね。これなら、速攻でプリントも終わるだろう。 店に入り、店内のカウンターの上に持参したUSBメモリを置き、店員に「これの中に入っているファイルをA4の 普通紙に出力してください」とお願いした。 「どのファイルをプリントアウトすれば宜しいのですか?」 店員のもっともな指摘に、俺はプリントしてもらうファイル名をメモに書いて差し出し、件のUSBメモリには当該 ファイルしか記録されていない旨を告げた。 「五分ほどお待ちください……」 開店早々に来たのは正解だったようだ。これなら、あやせもイライラしないだろう。 「お店で一々印刷してもらうのは大変でしょ? プリンタは買わないんですか」 俺は苦笑した。仕送りが生活するのにギリギリで、かつ、落ちこぼれないように毎日必死で勉強しているから アルバイトも出来そうにない。そんな状況で、プリンタを買うのは、どう考えても無理がある。 「あのさ……、パンツが黄色くなっても捨てられない俺の懐具合を察してくれよ」 あやせの顔が、かぁ~と、擬音で表現出来そうなほど赤くなった。 昨日、俺の箪笥から局部が黄変した下着を引っ張り出したことを思い出したんだろう。 「な、何てことを言い出すんですか、へ、変態……」 場所柄をわきまえたのか、ささやく様な小声だったが、あやせは目に涙を溜めて、両の手を震わせながら握り締めた。 「変態は、俺のパンツを勝手に箪笥から出して、しげしげと見ていた、お前だろうが」 「くぅ……」 どうだ、ぐうの音も出まい。 今まで、そして今朝も、あやせに殴られてきた俺だが、さすがに、こいつのあしらい方が分かってきたような気がする。 「プリントが終わりました……」 そう呼ばわれて、俺はカウンターに戻り、印刷されたレポートを店員から受け取って、ざっとあらためた。 ページとかの欠落はないことを確かめて、俺は代金を支払った。 「さてと……、いよいよ、お寺でデートと洒落込むか?」 鞄の中にプリントアウトされたレポートを仕舞いながら、そう言ったが、あやせは頬を染めたまま何も言わなかった。 そのあやせの手を引いて店を出ると、繁華街を左手に折れ、臨済宗の寺社、つまりは禅寺が密集している路地に 入って行った。 「ろ、路地に入ると、雰囲気ががらっと変わるんですね!?」 数百年前からほとんど変わっていないであろう、古色蒼然とした仏閣が続く景観に、あやせが面食らっている。 無理もない、表通りには、風俗とかのいかがわしい店もあったのに、一歩路地に入ると、全く別の世界が広がって いたんだから。 「たしかここだったはずだ……」 ひときわ大きな門が印象的な臨済宗の寺院だった。一応は観光の対象ではあるようなのだが、路地裏にあるためか、 一般の知名度はそれほどでもないらしい。むしろ、地元の人が訪れることが多いようだ。 門のきわには、『拝観料は、お一人三百円』という札が掛けられた小屋掛けがあり、初老の婦人の姿が、ガラス越し に認められた。 「わたしが払っておきましょうか?」 チュニックのポケットから財布を取り出そうとしたあやせを押しとどめ、俺は、財布から五百円玉と百円玉をそれぞれ 一枚、その初老の婦人に手渡した。 「デート相手の女の子におごられるってのは、男として屈辱なんだよ」 「これって、デートなんですかぁ?」 俺は、『そういうことにしておけ』というつもりで、あやせにむかって、にやりとし、反応を窺った。 あやせはあやせで、「うふふ……」という、含み笑いをしてやがる。まぁ、いいか……。 寺の拝観は、墨染めの作務衣を着た若い僧が(と言っても、俺よりもずっと年上だが)、境内、それに本堂やその他の 建物の中を説明しながら案内してくれた。 修学旅行で回る、奈良とかの名刹に比べれば、大きな仏像や派手で見栄えのする仏具等もなく、全体の居住まいは 地味そのものだ。元々は、この地方の武士階級が、座禅等の修練や、儒学などの講義を受けるために利用した寺院だ というから、質実剛健を旨とし、余計な飾りなどとは無縁なのだろう。 「でも、建物は、がっしりとしていて、重厚な感じですね……」 あやせが、頭上の太い梁を見上げている。モデルなんかやっているから、こうした地味なものは毛嫌いするかと思っ たが、こいつは桐乃なんかとはちょっと違うらしい。 一通り拝観した後、畳敷きの大広間に通された。案内役の僧侶に促されるまま、その大広間に座ると、板張りの廊下 を挟んで、池と築山で構成された日本庭園が見渡せるようになっていた。 「そんなに広くはないですけど、築山の石と、石と石の間に生えている苔の緑と、何だが複雑な形をした池とが、 いい感じです」 「そうだな……」 池は『心字池』という形式らしい。『心』の字をかたどった池だという。そのため、入り組んだ複雑な形状をしている。 「池の水が、きれいに澄んでいるんですね」 何らかの人工の浄化設備があるのか、湧き水を絶えず導入しているのか、そのいずれかだろう。 さざなみ一つない鏡のような水面には、五月の青空がくっきりと映っていた。 「爺むさいとか言われそうだけど、俺はこんな風に、静かな雰囲気が嫌いじゃない」 「でも……、あ、あんな漫画とかゲームとかの趣味もあるじゃないですか」 俺は苦笑した。エロゲとかは本来俺の好みじゃねぇ。 そのことに本当はあやせだって気付いているような気がしたからだ。 それに、桐乃のために自ら被った、鬼畜ド変態の汚名をそろそろ返上してもいい頃合だろう。 「本当は知ってるんだろ?」 「何をですか?」 「桐乃のあの趣味が、実は俺から影響を受けたものじゃなくて……、それどころか、俺の方が、桐乃に言われて、あいつ の趣味に付き合ってやっていたってことさ」 「あら、そうなんですか?」 そっけなく言ったが、あやせは半眼で含み笑いをし始めた。 「何だ、やっぱり知ってやがったか……。そういうことだから、俺が変態だっていう汚名は、そろそろ返上させてくれ」 「そうですね……、考えておきます。昨夜も、寝ているわたしに何もしなかったようですし……」 「そうだろ? 俺は本当は品行方正な真面目人間だからな」 「品行方正ですか? 何かいろいろとセクハラをされたような記憶があるんですけどぉ……」 「正直、お前のことが好きだったから、俺も過剰に反応したってのはあるけどな。お前も分かっているように、セクハラ まがいのほとんどは桐乃のためにやってきたことなんだ」 「そうですね……、一昨年、公園でエッチな漫画をわたしに見せて、挙句に桐乃に抱きついて、『俺は妹が大好きだぁ』 なんて叫んでいたのは、桐乃とわたしの関係を元通りにするための捨て身の行動だったんですね」 「何だ、やっぱり知っていたのか」 「ええ、桐乃がお兄さんのことを好きなのは分かってましたけど、お兄さんの桐乃への気持ちはそうじゃありません でしたから。それに、エッチな漫画やゲームには、桐乃の方が入れ込んでいるのは、何となく分かりますしね」 「鋭いな……」 「お兄さんが鈍すぎるだけです」 ぴしゃりと言いやがった。やっぱり、こういうところは可愛くねぇな。 「だとすりゃ、俺を変態扱いするのは、もうお仕舞いにしてくれねぇか。そもそも、俺が桐乃のたに自ら汚れ役を演じて いたってのを知っていたのなら、わざわざこんなところまで来て、性犯罪者予備軍宅の家宅捜索だなんて、強調する 必要もなかったよな」 俺のことを『大嫌い』ってのも撤回して欲しいけど、それは無理だろうな。 「残念ですが、お兄さんは性犯罪者予備軍のレッテルを貼っていてもらった方がいいんです。 ですから、今後も変態扱いはさせていただきます」 「おい、どういうこった! 俺をコケにするにもほどがあるぞ」 静かな寺院内ということで、控えめな口調を心掛けたが、場の雰囲気にそぐわなかったのは確実だ。 案内役だった僧侶が、眉をひそめて俺の方を見ている。 「あ、あ、すいません。え、え~と、ここでは、お茶をいただけるんでしたよね? だったら、お茶とお茶菓子を二人分 よろしくお願いします」 最初からお茶とお茶菓子はお願いするつもりだったから、これでよし。ついでに剣呑そうな話もごまかせたようだ。 しかし、茶菓子付きとは言え、一人前が八百円か……、高いのか安いのか、悩むところだな。 「で、話の続きだが、何で、俺が変態である方がいいんだよ」 案内役の僧がお茶を点てるために奥へ引っ込んだのを確かめて、あやせへの抗議を再開である。 「……、少しヒントをあげましょう。お兄さんは、危なっかしいから、変態だと他の女の人に思い込んでもらった方が いいんです。これだけ言えば、いい加減分かってくれますよね?」 なんじゃそりゃ? 「すまんが、言ってる意味がよく分からない。仮にものすごく悪く捉えると、俺はやっぱり世の女性に害をなす存在だから、 鬼畜ド変態ということにしておいて、他の女性を俺の手から予め護っておくというようにしか聞こえねぇぞ」 あやせが、呆れたような、それでいて悲しそうな、何とも表現しがたい面持ちで俺を眺め、目を閉じて、大きなため息を ついた。 「そう思うのなら、そういうことで結構です。でも、そんな風にしか考えられないお兄さんは、やっぱり嫌いです」 「んじゃ、嫌いな奴に、どうしてついてくるんだ。俺を監視するためか? 桐乃にちょっかいを出しそうな危険な存在だからか?」 「監視というのは、正しいかも知れませんね。今は好ましい状態ではなくても、何かの弾みで変わるかも知れない。 それを多少なりとも期待している、と考えてください」 それは、今は嫌いだけど、俺の変わりようによっては、あやせも、出会った当初のように、俺のことを好きになってくれ るってこのとなのか? 今までの扱いを考えると、素直にそうとは受け取れねぇけどな。 「期待しているのか、俺のことを」 その一言で、あやせは、一瞬むっとしたように目を剥いて、眉をひそめた。 「言い直します。期待よりも危なっかしくて見ていられないという方が大きいですね。とにかく、今のお兄さんじゃ、 ダメなんです」 「ダメだ、ダメだって言われても、具体的にどこがダメなのか指摘してくれないと、こっちは対処のしようがねぇよ」 あやせは、半眼で俺を見据え、『ダメだ、こりゃ』と言いたげに、首を左右に軽く振った。 「わたしは、今までに散々ヒントを言っているんですけど、それでも分からないようじゃ、どうしようもありません」 「お前の言うヒントとやらが難解すぎるだよ。いい加減、答えを言ってくれたってばちは当たらねぇだろうが」 「答えを言っても、お兄さんのためにはなりません。ですから、どこがダメなのか、お兄さん自身が考えてください」 「いや、考えても分からないから答えを教えて欲しいんだがな」 「ろくに考えもしないうちから、答え、答えって言わないでください。わたしは、お兄さんに答えを教えるつもりはありま せん。ただ、これからもお兄さんを監視して、お兄さんが答えを見つけ出してくれるまで待ちます。その時までの、わたし の言動、一挙手一投足が、答えを導くためのヒントであると思ってください」 「お、おい……」 あやせは、それだけを一気にまくし立てると、俺が呼び掛けても何の返事もせずに、ただただ、庭を眺めるだけだった。 しかし、これからも監視だって? ということは、これからも遠路はるばる千葉からここに来るわけか。電車賃だって 新幹線を使うから、とんでもなく高額なんだけどな。それでも、現役高校生モデルの新垣あやせ様には、この程度の 電車賃なんか屁でもねぇんだろう。 少し風が出てきたのだろうか、庭園の楓の梢が微かに揺れ、池の水面がさざなみでかき乱された。 俺たちが正座している大広間にも、ひんやりとした、朝の空気が流れ込んでくる。 「おっ?!」 和服姿の女性が、大広間と庭園とを隔てるように設けられている廊下を、しずしずと、奥の庫裏の方へと向かって 行くのが目についた。 髪を結い、かすり模様とでもいうのだろうか、落ち着いた柄の着物に、紫色の風呂敷包みを大事そうに抱えている。 普段着っぽい着物を、極々自然に着こなしているのが、ファッションには疎い俺にも分かった。 和服を相当に着慣れている感じだ。 そして、何よりも……。ものすごい美人だった。年の頃は、二十歳前後という感じだろうか。 細面の整った面相に、微かな憂いをたたえた瞳があり、それが気品と知性を漂わせていた。 「あ、ど、どうも……」 不覚にも、件の女性と目が合ってしまった。不躾な話だが、ついつい見とれてしまっていたらしい。 だが、その女性は、にっこりと微笑むと、そのまま俺たちの目の前を素通りし、奥の方へと歩み去った。 「お兄さん、今の人は、お知り合いか、何かですか?!」 あやせが、おっかない顔で俺を睨んでいた。 「んな訳ないだろ。こっちに来て一箇月も経っちゃいないんだ。男の知り合いだってほとんど居ないんだぞ」 「でも、さっきの女の人は、明らかにお兄さんのことを知っている感じでしたけど……」 しつこいな……。 「たまたま俺と目が合った、だから向こうも軽く会釈をした。その程度のことだろうよ。深く考えるな」 「そうかも知れませんが、何だか嫌な感じがするんです」 「嫌な感じって……。悪意なんか微塵もなさそうな、楚々としたお嬢様だったぞ。お前の思い違いじゃねぇのか?」 「だから、お兄さんはダメなんです! もう、本当にしっかりしてください」 「何だよ……、単にダメ、ダメ、ってだけじゃ、訳が分かんねーよ」 何なんだろうね、こいつは。さっきの女の人を露骨に敵視してやがる。 美人って奴は、自分よりも上の奴が現れると、気になるものなのか? 確かに、あやせじゃ、とてもじゃないが太刀打 ち出来ないほどの美人だったな。単に顔の造作がいいっていうレベルを超えている。知性とか品格とか、内面までを 含んだ全てが、あやせとも、桐乃とも、黒猫とも違いすぎる。素顔の沙織だって敵いそうにない。しかし、何者なんだ? 住職の住まいである庫裏に向かったところを見ると、この寺の関係者だろうか。 「お待たせして、申し訳ありませんでした……」 案内役の僧が、俺とあやせの口論に割り込むようにして、抹茶と茶菓子を持って来てくれた。 「お、おい、取り敢えず、話はお預けにして、お茶を楽しもうや」 若い僧侶には、恥ずかしいところを見せてしまったようだが、正直助かったぜ。 こんな静かな場所で、これ以上、あやせと口論なんかしたくないからな。 「わたし、お抹茶をいただくのは初めてなんです」 「それは俺も同じだよ」 出された器には、その半分辺りまで緑色のお茶が入っていた。 抹茶というものは、器の底に申し訳程度にしか入っていないものだと思っていたが、ここではそうではないらしい。 「ドロドロしてなくて、苦味もそんなになくて、結構美味しいものなんですね」 「確かに、俺は素人だからよくは分からねぇが、いくぶん薄めに点てて、その代わりに量を多めにしてるって感じだな」 その点て方が、作法とか何とかに適っているのかどうかは分からないが、抹茶を飲み慣れていない観光客も訪れる んだろうから、こうした方が正解なんだろう。 「可愛らしいお饅頭が付いていますよ」 「これは、薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)だ」 「じょうよまんじゅう、って何ですか?」 「薯蕷ってのは、ヤマイモのことだ。米の粉に摩り下ろしたヤマイモを混ぜた生地で餡子を包んでいるから、そう呼ばれ ている」 「お兄さん、なにげに物知りですね」 「まぁ、麻奈美の家でも作っていたからな……」 そういや、麻奈美の奴も、粉に摩り下ろしたヤマイモを混ぜた生地で餡子を包んで、それを蒸していたっけな。 「……、お姉さんのことは、残念でしたね……」 「確かに残念だったが、こっちに追いやられて、連絡一つ自由に出来ないんじゃ、いずれは、こうなっちまっただろうさ」 何だこいつ……、昨日は麻奈美を赤城に取られたことを、面白おかしくぺらぺらしゃべっていたのに、今は妙にしゅん としちまっているな。 「でも、これでお兄さんは、お姉さんとの関係も、桐乃との関係も、あの黒猫とかいう五更先輩との関係も、その全部が リセットされたんですよね?」 「リセットって……、う~ん、桐乃には俺のお袋が絶対に会わせないから、桐乃との関係は、完全にジ・エンドだろうな」 「五更先輩とはどうなんです?」 「黒猫からは、四月の中旬にメールが来たが、ここでの状況を桐乃に話されるのはまずいと思って、時候の挨拶程度で お茶を濁したら、それがいけなかったのか、それっきりだ……」 「そうでしたか……」 しかし、何で、俺の女性関係をこんなにもしつこく訊くとは、俺に対して多少は脈があるのか? そう思って、俺はあやせの顔をじっと見た。 だが、瞬きすらしそうにない、いつになく神妙な面持ちからは、あやせの本心めいたものは何ら読み取れなかった。 いや、そんなことよりも、もっと大事なことがあったっけ。 「お前も、昨日と今日、俺に会って、俺と過ごしたってことは、絶対に桐乃には内緒だ。それだけじゃない、桐乃と関係が ある人間には、絶対に言わないでくれ。もし、俺の居場所が桐乃にばれたりしたら、俺がこの街で桐乃から隠れて暮らし ている意味がなくなっちまう」 「そうですね……。無茶なことをする桐乃のことですから、お兄さんの居場所が分かれば、とるものも取り敢えず、訪ね て行くことでしょう。そうなったら……」 あやせは、能面のように無表情だった面相を、心なしか、苦しげに歪めた。 彼女が毛嫌いしているエロゲそのものの展開になってしまうことを想像して嫌悪しているのかも知れない。 そんなことにはならない、と俺自身は思いたいが、俺のことを好きだということを、もはや隠し立てしない桐乃が暴発 するおそれは十分にある。 「俺と桐乃との関係は、時が解決してくれるのを待つしかない……。あいつにだって、心底好きな男が出来るかも知れ ねぇし、そのうちに、俺とのことを忘れちまうかも知れねぇ。それに……」 「それに……って、何ですか?」 「あいつが留学することだって、まだまだ考えられる。『エタナ…』とかって言ったかな、あの化粧品メーカーの女社長……」 「『エターナルブルー』の藤真社長のことですか?」 「そう……。桐乃を欧州に連れて行きだがっている、その女社長だよ。社長は、桐乃のことを諦めた訳じゃないんだろ?」 あやせは、能面のような面持ちで、ゆっくりと頷いた。 「ええ……。藤真社長は、未だに桐乃に執着しているようで、破格の条件を桐乃のご両親に提示しているようです。でも、 桐乃は絶対に承諾しないみたいなんです」 親父も承諾しないだろう。おそらく、実家では、お袋だけが一人浮かれて、女社長のオファーに乗り気なんだろうな。 「桐乃が承諾しないのは、俺が日本に居るからか?」 「そうかも知れませんし、そうでないかも知れません。それに、ここに来てまで、桐乃、桐乃、の話はやめにしませんか」 あやせが、能面のような表情を歪め、まなじりを吊り上げていた。仰せの通りだな。 俺のことを嫌っているとはいえ、一応はデートみたいなものをやっている最中に、自分の妹の話も何もないもんだ。 俺たちは、そのまま押し黙って、出された抹茶と茶菓子を味わった。 桐乃や黒猫、麻奈美の話が出たからか、お茶の味が先刻とは打って変わって妙に苦く感じる。 俺は茶をあらかた飲み干すと、顔をしかめて茶碗を置き、代わりに、先ほどプリントアウトしてもらったレポートを 鞄から取り出した。これでも読み直せば、少しは気が紛れるかも知れない。 そんな折、奥の方から、廊下を歩く微かな足音が聞こえ、先ほど、俺に会釈してくれた美人が、折り畳んだ風呂敷を 手にして、右側から現れた。その美女は、そのまま俺たちの前を通り過ぎるかと思ったが、俺のちょうど真ん前で立ち 止まり、今度は、俺の顔をまじまじと見詰めている。な、何なんだ?! 「失礼ですけど、法学部一年の高坂さんじゃありませんか?」 「え? ええ…、そうですけど……」 「ほら、わたくしをご存知ありませんか? 同じ法学部一年の……」 「は、はぁ……」 我ながら何とも要領を得ない生返事をしながら、俺は必死に記憶の糸をたぐった。そういえば、法学部の教室に たむろ、と言っては語感が悪いが、教室の一角で、ひときわ華やいだ雰囲気を漂わせている女子のグループが居たが、 その中の一人に、この人が居たような気がした。 「保科です。保科隆子といいます。ほら、いつも法学部の教室の前の方に座っている」 「あっ、あの、保科さん?!」 華やかな女子のグループの中で、ひときわ美人のオーラを振りまいている女子学生が居るのだが、その人が今 目の前に居るのか。俺も、彼女の名字だけは覚えていた。何でも、この地方屈指の名家の令嬢であるらしい。 いつもは艶やかな黒髪のストレートだったように記憶していたが、今日に限っては和服に合わせてまとめていたから、 全然印象が違っていた。 しかし、何で、保科さんは、俺の名前を知ってるんだろうね。そりゃ、学籍番号と名前だけが記された学籍簿は、法学 部生の全員に配布はされているけど、平凡な一学生に過ぎない俺の名前と顔を認識してるってのが、よく分からない。 「思い出していただけたようで何よりです。でも……」 そう言いかけて、保科さんは、廊下から俺たちの方に二、三歩、近づいて来た。 「でも……って、何ですか~~?!」 想定外の事態だった。ミス法学部というよりも、ミス・キャンパスと言っても過言ではない超美人が、近づいて来る のだ。それも、理由が分からないままにである。 「気になりますね、高坂さん。お隣にそんな可愛らしい娘さんが居て、もしかしてデートでしたか?」 そ、そんなことをいきなり訊くんですか?! 「あ、い、いえ、こ、こいつは、い、妹でして……。デ、デートなんかじゃ、あ、ありませんよ……」 しどろもどろで保科さんに釈明した俺を、あやせの奴が、おっかない顔で睨んでいる。なんでだぁ? 「お兄さん! 何、いい加減なことを言っているんですか。今日は、わたしとお兄さんとのデートじゃないですか!!」 むっとした表情で、あやせが言い放った。うぇ、何だ、こいつ。 「あら、あら、せっかくの妹さんとのデートの邪魔だったかしらね……」 あやせの剣幕に辟易したのか、保科さんは、そのまま立ち去ろうとしたが、レポートを持った俺の手元に目を留め、 俺の方に軽く屈み込んできた。 「な、何か?」 「……高坂さん、それは何ですか?」 「あ、ああ、これは、休み明けに提出する民法のレポート。昨日、書き上げて、今しがた、大通りにある『キンコーズ』で 印刷してもらった訳で……」 言い終わらないうちに、保科さんが、「まぁ!」という感嘆詞を上げ、あらためて俺に近づいてきた。 「わたくしも、そのレポートには苦労していたので、よろしかったら、ちょっと読ませていただけませんか?」 「え? え、ええ……」 超絶美人に接近されて、俺はたじたじだ。 「じゃぁ、ちょっと失礼致しますね」 口ごもった俺の曖昧な返答を了解と受けとった保科さんは、たじろぐ俺にはお構いなしに、俺の右隣に座った。 こ、これで両手に花だ……。 でも、一方の花は高嶺の花だし、もう一方の花は俺に刺々しい言葉をぶつけてくる毒の花なんだけどな。 「……く、ううう……」 その毒の花も、大胆に近づいてきた高嶺の花にけおされて、歯噛みしながら声にならない呻きを上げている。 こりゃ、後がこわいな……。 しかし、保科さんは、敵意むき出しのあやせにも、にっこりと害のない笑みを向けた。 天然なのか、大物なのか、何だかよく分からない人だ。 その保科さんは、俺たちの案内役を努めてくれた若い僧侶に、 「わたくしにもお茶とお菓子をお願い致します……」 と言いかけて、俺たちの茶碗の中が空っぽに近いことに気付き、俺たちに向かって微笑んだ。 「よろしかったら、もう一杯いかがです? わたくしだけが、お抹茶をいただいているのも申し訳ありませんから」 「え、ええ……」 悪意が微塵もない笑顔なのに、何なんだろうね、イヤとは言えない強制力みたいなもんがあるんだよな。 あやせだって、ぐうの音も出せないし……。 「じゃあ、こちらのお二人にも、お代わりをお願い致します」 と、件の僧侶に付け加えた。 僧侶は、「かしこまりました、お嬢様」と言って、茶を立てるために奥へと引っ込んで行く。 しかし、坊さんに『お嬢様』と呼ばれる保科さんって、沙織とはまたタイプが違う、真性の令嬢なんだな。 「で、保科さん……。保科さんは、何でまた、このお寺に?」 「母に命じられまして、ちょっと、こちらの和尚様にお届け物をするために参ったのです」 「そうだったんですか……」 あの風呂敷包みが、お届け物だったのか。 どんなものなのか、ちょっと知りたい気もするが、それを訊くのは薮蛇なんだろうな。 「それはそうと、すみませんが高坂さんのレポートを一読させていただけないでしょうか」 「あ、ああ、じゃぁ、こ、これです……」 判例と条文をコピペして、それに個人的に気に入っている法学書の学説を根拠として、最後にそれらしく自分の意見 を添えただけだから、正直恥ずかしい。だが、提出する前に誰かに見てもらった方がいいかもな。 致命的なバグがあるかも知れねぇし。 俺から手渡されたレポートを、保科さんは、真剣な表情で読み始めた。本当に真面目に読んでくれているんだな。 その真剣そうな雰囲気に、ぶーたれているあやせも突っ込めない。 頼んだお茶と菓子が届けられても、完全に読み終えるまで、それには手をつけなかった。 「なるほど……」 読み終えた保科さんは、感心したかのように、呟いている。 「ど、どうでした?」 保科さんは、俺の一言で、我に返ったかのように、はっとし、それから、俺たちがお茶を飲まずに待っていたことに気付 いたらしい。 「あ、ご、ごめんなさい、引用されている学説と、高坂さんの見解とかが興味深くて、読み耽っちゃいました。お二人とも、 お茶には手をつけずに、待っていてくださったんですね」 「い、いや、まぁ……」 真剣に読んでくれている保科さんを蔑ろにして、勝手にお茶は飲めませんよ。何ていうか、物腰全てに、場の雰囲気 を支配するオーラがあるような感じなんだよな。 「では、まずは、せっかくお寺さんが点ててくださったお茶をいただきましょうか」 「そ、そうですね……」 保科さんが、おそらくは作法に適った優雅な所作で茶碗を口元に運んだのを見届けてから、俺も、あやせも、二杯目 の茶を一口含んだ。 「それで、高坂さんのレポートですけど……」 「どうでした?」 「T大の内田先生の学説をベースにしているんですね」 「分かりますか?」 俺の問い掛けに、保科さんは、にっこりと頷いている。 すげぇな。ということは、保科さんも内田先生の本を読んでいるってことか。 「ええ、わたくしも、内田先生の本は名著だと思うので、参考書として所有しておりますから。ただ……」 「ただ……、何です? 何かよろしくない点がありましたか?」 「わたくしたちの大学の先生方の中には、T大の先生方とは相容れない主義主張の方がおられますから、内田先生の 学説を百パーセント礼賛するのは危険でしょうね」 「じゃ、書き直しですか……」 うわぁ、しくった! あやせが帰ったら、必死で頑張らねぇといけなくなっちまったぜ。 「いえ、高坂さんのレポートは、内田説の問題点を指摘した高坂さんの見解が結語にありますから、問題ないと思い ますよ。これなら、大丈夫でしょうね」 「そ、そうでしたか……。一時は、書き直しを覚悟しましたよ」 俺の表情の変化か何かがおもしろかったのか、保科さんが微笑している。しかし、超絶美人の笑顔ってのは、やっぱ いいな。それが、俺の醜態を笑っているものであってもだ。 その一方で、俺と保科さんの会話についていけないあやせが、膨れっ面をしている。 そして、あろうことか、こいつは、茶碗に残った茶を、ずぅ、ずぅと露骨に音を立ててすすりやがった。 「お、おい! 何て無作法なことやってんだ」 保科さんも、そんなあやせを小首を傾げて見つめている。こりゃ、とんだ赤っ恥だ。 「う~ん、妹さんは、茶の湯にご興味がおありのようですね……」 「え?!」 俺は思わず絶句したね。どこでどう間違うと、そんなことになるんすか、保科さん。 やっぱ、この人、ド天然だわ。 「二週間後の土曜日ですが、拙宅で野点を行う予定です。よろしければ、妹さん共々、高坂さんもいかがですか?」 「い、いえ、お、俺、じゃなかった、僕も妹も、茶道の心得は、ま、まったくありませんから……」 「それなら、当日は、一時間ほど早めに拙宅にお出でいただいて、わたくしが基本的な作法を、お二人にお教え致します。 これなら、宜しいでしょう?」 保科さんが、にっこりと微笑んでいる。これをまともに見ちまうと、イヤとは言いづらいな。だが……、 「せっかくですが、兄もわたしも、週末は忙しいんです。何よりも、この街は、関東から気安く来れる場所ではありません ので、わたしは無理です」 あやせの奴、膨れっ面のまま、きっぱりと断りやがった。 だが、保科さんは、そんな不機嫌丸出しのあやせにも、微笑みかけ、それから、俺の顔をじっと見ている。 「高坂さん……」 「な、何すか? というか、無作法な妹ですみませんでした」 憂いを帯びた瞳に屈して、思わず詫びちまったぜ。しかも、あやせをコケにしてだからな。ビンタくらいは覚悟しとくか。 「いえ、いえ、妹さんは、遠くからお出でになるのを失念しておりました。そうであれば、高坂さんお一人でお出でください」 その一言に、あやせが目を剥いた。 「じょ、冗談じゃありません! 兄一人をそちらに行かせるわけには参りません。わたしも参加します!!」 「まぁ、妹さんにもお出でいただけるんですね。大歓迎です。え~と、失礼ですが、お名前は?」 「あやせ、高坂あやせ、と申します」 保科さんは、反芻するかのように、「高坂あやせさん、あやせさん、と……」呟いた。しっかりと記憶に留めておくつもりのようだ。 保科さんに対する無作法で挑発的な振る舞いが、印象に残ってしまったのは否めない。 「野点につきましては、後日、高坂さんに正式な招待状をお渡しします。それで、当日の服装ですが……」 そう言い掛けて、保科さんは憂いを帯びた瞳を俺に向けてきた。俺は、ドキッとしたね。 間近で見れば見るほど、本当に鳥肌が立つような美人だ。 「さ、茶道のセレモニーですから、やっぱり、和服ですか?」 彼女の美しさにちょっと狼狽しているのが傍目にも分かっちまっただろうな。特に、あやせには……。 しかし、和服限定だとしたら、貸衣装か? 和服にしたって、まさか紋付袴じゃあるまいし……、と悩む俺を安心 させるつもりなのか、保科さんは、俺に艶麗な笑みを向けている。 「殿方はスーツで結構ですよ。ですけど、あやせさん……」 「な、何でしょうか?!」 保科さんへの警戒心というか、ここまでくれば敵意丸出しと言うべきか。あやせは、まなじり吊り上げ、目を剥いて、 保科さんを睨みつけている。 「ご婦人方は、出来れば和服でお出でいただくことになっております。二週間後は、もしかしたら少々暑くなるかも知れ ませんが、よろしくお願い致します」 「考えておきます。それも天気次第ですね……」 「ええ、あやせさんの和服姿が楽しみです……」 敵意むき出しのあやせのおかげで、場の空気が、ぴーんと張り詰め、ちょっと突っ突けば、パリンと割れてしまいそう だった。 だが、そんな息苦しい雰囲気にあっても、保科さんは、悠然と茶をたしなみ、茶碗を置いた。 「ふぅ……。ここのお庭を眺めながら、いただくお抹茶は、やはり格別です」 「そ、そうですか……」 ド天然、恐るべしだな。 「そろそろ、おいとま致しますね。ちょっと、ゆっくりし過ぎたようで、名残惜しいですけど、そろそろ帰宅しないと、 母に叱られます」 保科さんは、細い手首に巻いていた腕時計で時刻を確認している。 その黒革ベルトの腕時計は、和服に合わせたのか、妙にシックで、今どきのものではないような雰囲気だった。 「あ、どうも、お引止めして申し訳ありませんでした」 「いえ、いえ、デートを楽しんでおられる高坂さんとあやせさんのところに、このわたくしが勝手に参っただけです。 詫びなければならないのは、わたくしの方です」 そう言って、保科さんは、立ち上がると、俺たちと向き合う形で正座し直し、三つ指をついた。 「あ、あの、そこまでされると、こ、困りますよ」 だが、保科さんは、「二週間後の野点は、ぜひよろしくお願いします」とだけ、笑顔と共に付け加えて、庭園に面した 廊下をしずしずと歩み去って行った。 法学部のマドンナは、超絶美人であることは間違いなかったが、つかみどころのないド天然でもあるようだ。 だが、あやせの見解は、俺とは丸っきり違っていた。 「……、お兄さん。何を鼻の下伸ばして、でれっとしてるんですか。変態……」 「お前なぁ……、保科さんが善意で俺たちを野点に招待してくれたんだから、こっちも笑顔で応えるのが礼儀ってもんだ ろうが、それが、お前ときたら……」 「善意って……。あ~~っ、だからもう、お兄さんはダメなんです。危なっかしくて。いいですか? さっきの、お兄さんの 同級生は、お兄さんが想像するような善人じゃないですよ」 「どうして? 保科さんは、ものすごい天然だが、特に悪意は感じられなかったぞ。それに、この地方屈指の名家の令嬢 だっていうのに、この寺へのお使いもするし、着ている着物だって、木綿か何かの質素なものじゃないか。 物腰も穏やかで、高飛車なところが全然ない。いったい、どこに問題があるんだよ」 「お寺のお使いは、おそらく使用人には任せられない大事なものなので、お兄さんの同級生が行かざるを得なかったん でしょうね。それに、着ている物だって、質素なんかじゃありません。とんでもなく高価なものなんですよ」 「え? ただの木綿の着物みたいだったぞ」 そんなに高級品には見えなかったけどな。保科さんの着物は。 あやせは、そんな風に思っている俺の間抜け面にうんざりしているのか、瞑目して、大きなため息をついた。 「あれは、木綿なんかじゃありません。紬という絹織物です。それも、ものすごく手間隙掛けて織られたものですから、 普通の絹織物よりも格段に高額なんですよ」 「マジかい……」 「それも今のものじゃないですね。おそらく、大正か昭和かの大昔に入念に作られて、代々受け継がれてきたものなんで しょう。今、同じものを作ろうとしたら、いったいどれだけのお金がかかるやら、見当もつきません」 「それじゃ、まるで家宝みたいなもんじゃねぇか」 「ええ、それだけ貴重なものを普段着同然に着慣れているっていうのは、贅沢の次元が、今風のセレブなんかとは段違 いですね」 ファッションには、少なくとも俺よりも格段に造詣が深いあやせが言うのだ。多分、本当なんだろう。 それに、妙に腕時計がクラシックだなと思ったが、腕時計も相当に高価なもので、紬同様に祖先から受け継がれて きたものに違いない。 「……、そうなると、保科さんの印象は、だいぶ変わってくるな……」 「お兄さんは、保科さんを『天然』って言ってましたけど、わざとそう見せている気がするんです」 「どうして? そうすることで、保科さんに何かのメリットがあるか? 少なくとも、あまりねぇような気がするが」 「それはそうですけど……。でも、何か不自然なんです。どこが、どうって、はっきりは指摘出来ないんですけど、とにかく、 嫌な感じがするんです」 心底、不快そうに眉をひそめるあやせに、俺は困惑するしかなかった。 だって、保科さんは、高飛車なところが微塵もない、穏やかな人じゃないか。それに対して、保科さんに過剰なほどの 敵意をむき出しにするあやせの方が、余程どうかしている。 「俺たちも、そろそろ出るか……」 茶を飲み終えたというのもあるが、あやせの苛立ちに、居たたまれなくなったというのが本音だった。 ちょっと痺れたような感じがする脚をだましだまし伸ばして立ち上がり、大広間の脇で俺たちを見ていた案内役の僧 に、茶と茶菓子の代金を払おうとした。だが、件の僧は、 「いえ、いえ、保科様のご学友ということであれば、代金を頂戴する訳には参りません。本日は、このままで結構です」 と告げ、おまけに入り口で俺が払った拝観料まで戻してくれた。 「何だったんだろうな……」 寺の山門を出て、しばらくしてから、俺は呟いた。 狐につままれたようなってのは、こんな感じなのかも知れない。 「だから、あの女の人は、天然なんかじゃありません。その実体は、何でも如才なくこなす、抜け目のない人なんです。 現に、お兄さんが書いたレポートだって、ポイントを的確に見抜いていたようじゃないですか。天然な人にそんな芸当が 出来ますか?」 「……うん……」 そうかも知れない。 だが、超絶美人なのに、刺々しいところが全くない保科さんの笑顔を思い浮かべると、そうした疑念が、風を受けた霞 のように消えてしまうのだ。 「とにかく、油断のならない人なんです。ですから、二週間後の野点は、本当に要注意です。ちょっと、お兄さん、聞いて ます?!」 ヒステリー気味のあやせには悪いが、俺には保科さんがそんなに悪い人には、どうしても思えなかった。 時計を見れば、まだ午前十一時前だった。観光施設として有名な寺社にも足を伸ばせそうだったが、俺もあやせも、 そんな気になれなかった。連休中ということで、人出がさっきの禅寺とは大違いだろうし、保科さんとの出会いが強烈 だったからだ。 もっとも、その印象は、俺とあやせとでは、正反対なようなのだが……。 「早めに飯でも食うか?」 俺の問い掛けに、あやせは首を左右に振った。 「お茶菓子を二個も食べたし、お抹茶って、カフェインが強いのか、それだけで変な満腹感みたいな感じがあって、 あまりお腹はすいてないです」 「じゃあ、ひとまずは帰るか」 正直、ほっとした。俺の懐具合じゃ、大学の学食か、ファストフードが関の山だからな。 「それに、いきなりあんな人が現れて、雰囲気がブチ壊しです。本当にもう……」 「雰囲気って、何の雰囲気なんだよ」 あやせは目を血走らせて、叫びやがった。 「ブチ殺しますよ?! ヒントどころか、答えをもろに言ってたのに」 「答えって、どういう答えなんだよ」 「もう、死ね! わたしとお兄さんのデートの雰囲気じゃないですか!」 「うわっ、そう、でかい声で言うな!」 雑踏の中、何人かが、頬を高潮させて俺を睨んでいるあやせと俺に視線を向けている。 参ったね。この中に同じ大学の奴が居ないことを祈りたいもんだ。 「と、とにかくだ……、昼食も食べたくないし、特に見たいものもないようなら、下宿に引返そうぜ。下宿に戻る頃には 空腹になってるかも知れねぇし」 来た時よりは混雑が目立つ路面電車に乗り、下宿最寄の、ちょっと剣呑な停留所で降り、出発時と同様に自動車の 流れが途絶えた隙に、あやせの手を引いて、車道を強行突破した。 もう、俺は毎朝の通学で慣れっこになってるけど、あやせは、おっかなびっくりで、そこがちょっと可愛らしい。 下宿に帰り着いたのは午前十一時半過ぎだった。下宿の女主人であるお婆さんに、昼食は外食で済まそうかと 思ったが、二人とも食欲がなかったので、食べずに帰ってきた旨を伝えた。 「あら、だったら、朝炊いたご飯がたくさん残っていますから、これでお寿司でも作りましょうか。あやせさんにも、 この地方独特の押し寿司を食べていただきたいですし」 やったね。学食やファストフードに行かなくて大正解だったな。 押し寿司を食べさせる店は、街中にもあるけど、(俺の懐を基準にすると)概して高い。 元々は家庭料理だってのに、最近は作る人があまり居ないせいで、多少は希少性があるのかもな。 「鱧(はも)の焼物が手に入ったので、これを押し寿司にします」 鱧は、関東では、ほとんど食べられていない魚だが、この地方では別だ。夏場は最も人気のある魚であるらしい。 「ただ待っているのも何ですから……」 あやせは、外出時の服装そのままで台所に行った。お婆さんの仕事を手伝うつもりらしい。 こういうときに、男ってのは役立たずだな。 俺は、自室に行って、印刷したレポートを再度読み直すことにした。 一読したところ、タイプミスや内容に問題があるような箇所はなかったが、じっくり読んで、問題点がないことを 確認しておきたかった。 「うぇ、やっぱ、誤変換があったなぁ……」 本来は『登記の欠缺(けんけつ)』であるべき箇所が、『頭記の兼決』になっていやがる。 どうしてくれようかと思ったが、この程度なら誤変換の箇所に修正テープを貼って手書きで直せば大丈夫だろう。 「やっぱ、プリンタが欲しいよな……」 家庭教師とか、通信添削の採点とかのバイトでもやるべきなのだろうが、今は講義について行くのが精一杯で、 とてもじゃないが、バイトをする余力はない。 そんなことを思い悩んでいる時に、階下から、あやせが俺を呼ばわった。鱧の押し寿司が出来上がったのだ。 俺は、その寿司を食うべく、のそのそと立ち上がった。 その肝心の鱧の押し寿司は、小骨の多い穴子寿司といった感じだったが、美味しかった。 鱧は、関東ではほとんど食べられていない魚だが、いいもんだと思う。 お婆さん手作りの寿司を堪能し、食後のお茶を飲みつつ、ちゃぶ台の差し向かいに居るあやせに、俺は呟くように 言った。 「さてと……。これからどうする?」 「……、決めていません」 時刻は、まだ十二時半だった。今から新幹線に乗れば、明るいうちに千葉まで帰れるだろう。 だが、それでは、何か物足りなかった。それは、あやせも同じなのだろう。 「そうか、お茶を飲んだら、どっかへ行こう」 「どっかって、何かの観光スポットですか?」 俺は、かぶりを軽く振った。 「一応はガイドブックにも出ているらしいが、普通の観光客はまずやって来ない場所さ。この地区の氏神様で、小高い 丘の上にある社なんだ。上までの長い石段が大変だが、境内からは、この街が一望出来る。どうする、行くか?」」 ありきたりの観光スポットじゃなくて、行ってみてそれなりの達成感があるところ。その神社は、そんな場所だった。 長い石段で丘のてっぺんまで徒歩で登るのは大変だが、上り切ったという達成感と、境内からの眺望は、 あやせだって悪くは思わないだろう。 「……、そうですね。わたしも、お兄さんには言い足りないことがありますから、場所を変えて申し上げたいと思います」 「それって、告白か?」 「変態、そんな訳ないでしょ。ふわふわ浮ついているお兄さんに釘を刺しておく必要があるからです。大体、何ですか、 保科とかいう同級生が現れたら、でれっとしちゃって。そんなんだから、お姉さんにも愛想を尽かされて、桐乃との仲も ご両親に警戒されて、この街で独り暮らしをする羽目になったんじゃないですか」 うひ~、こいつ相変わらずだな。可愛くねえよ。 「辛辣過ぎて耳がいてぇよ」 「でも、それが事実なんですから、仕方がないじゃありませんか。いいですか? わたしは、お兄さんのそうしたふわふわ した危なっかしいところが、大嫌いなんです」 「そうかい……、じゃ、大嫌いな俺なんかと、ひと気のない山の中の神社に行くんだぜ、気持ち悪いだろ?」 「そうですね、普通の男の人なら、人気がないのをいいことに、いかがわしい行為に及ぶかも知れませんが、お兄さんに、 そんな度胸ありませんから」 「言いたい放題だな……」 「だって、昨晩、同じ部屋で寝たのに、お兄さんは、わたしに指一本触れませんでした。こんなへたれなお兄さんは、山奥 の神社に行っても、何も出来ないでしょうね」 「俺は品行方正なんだよ。寝ている女の子をどうにかするような外道じゃねぇ」 反論する俺を、あやせは、目を細め、口元を歪めて、冷笑した。 「お兄さんは変態です。ただ、変態行為を実行に移すだけの思い切りがないだけです」 「ということは、結果的には、品行方正だってことだよな?」 「何でも都合よく解釈されるんですね……」 あやせは、心待ちうなだれながらも、笑っていた。 「何か問題でもあるのか?」 「いいえ、特にありません」 「じゃあ、出掛けるか」 午後になり、気温がかなり高くなってきたので、俺もあやせも上着なしで行くことにした。 夕方になれば、急激に寒くなるが、手早く参拝すれば、暖かいうちに下宿にたどり着けるはずだ。 「歩いて行くんですか?」 あやせの問い掛けに、俺は無言で頷いた。 この地区の氏神様なんだ。この地区を見守るために、間近な丘の上に居る。 下宿から十五分ほど歩くと、石造りの鳥居があって、その奥に丘の上まで続く長い石段が控えていた。 「ここから上るんだ。傾斜が結構きついから気をつけてくれ」 「ええ……、でも何段ぐらいあるんですか?」 「分からねぇ。俺も、下宿のお婆さんに教えてもらって、つい先日にお参りしたのが最初で、今日が二度目のお参りだ」 「そうなんですか……」 「最初のお参りの時は、石段を上るのが精一杯で、数えている余裕なんかなかった。だから、俺も知らないんだ」 訊くところによると、概ね五百段で、下から境内までの標高差は百メートル程度らしい。 結構な規模だから、あやせには黙っていた方がいいだろう。 石段は、中ほどあたりにちょっと広くなった踊り場があり、俺たちは、ここで息を整えた。 「はぁ、はぁ、き、桐乃だったら楽勝なんでしょうけど、わたしは桐乃ほどスポーツは得意じゃないから、けっこうきついです」 そう言いながらも、あやせは笑っていた。石段の周囲は、木立の新緑が美しく、ちょっとしたピクニック気分が味わえるからな。 「さてと……、もうひと踏ん張りするか」 俺は、半ば反射的にあやせに右手を差し出していた。 あやせは、そんな俺にちょっと驚いたようだったが、頬を紅潮させた笑顔で恥ずかしそうに自身の左手を差し出して きた。 「でも、お兄さん、ゆっくり行ってください」 手をつなぎ合った俺たちは、再び石段を上り始めた。 右掌にあやせのぬくもりを感じる。俺たちは、互いの存在を確かめ合いながら、最後の一段を上り切ることが出来た。 石段を上り切ると、新緑の森の中に、ぽっかりと広い境内が広がっていて、その奥に、境内の広さに比べると小さめ の古びた社殿が建てられていた。 「振り返ってみろよ」 あやせが、俺の右手を握ったまま、上半身を右に捻って、背後を見た。 「うわぁ! お兄さんが住んでいる街が、ぐるりと見渡せますよ」 新幹線が止まる中央駅が、霞のかなたに窺えた。俺の通っている大学も見える。 「あ、あそこで電車が動いていますよ」 中央駅から、盆地の縁をなぞるように単線の路線が敷設されていて、その路線を朱色の車両が走っているのが確認 出来た。 「悪いが、あれは電車じゃなくて気動車だ。あの路線は未電化だから、ディーゼルエンジンで走る気動車しか通って ないんだよ」 「まだ、そんなのが走っているんですね」 「もう、あやせも分かっているんだろ? この地方は、文化にせよ、習慣にせよ、設備にせよ、おそろしく古いものが生き残っているのさ」 「そうですね……。首都圏では忘れられてしまった日本の風俗や暮らしが、この地方には、細々とした感じではあるけど、存続している……」 感慨深げにあやせは眼下の街並みを眺め、それから石造りの鳥居と、古びて一部分にひびが入っている狛犬を一瞥 してから、ようやく、俺と手をつないだままだったことに気が付いたらしい。 「きゃっ!」 「今頃手を離したって、それまでさんざっぱら繋いでいたんだ。もう、俺の掌には、あやせの汗が染み付いちまったし、 お前の掌にも俺の汗が染み付いているだろうぜ」 「変態! どうしてそう気色悪いことしか言えないんですか。最低です」 「事実を指摘したまでなんだけどな。でも、言い方に少々問題があったのは認めるよ」 「謝っても、お兄さんが変態であることは覆りません」 「まぁ、そう怒るなって。境内の奥の方に社があるから、ひとまず参拝しちまおう」 参拝に先立ち、俺とあやせは、御影石をくりぬいて造られた水盤の水を柄杓で汲み、その水で手を洗い、口をすすいだ。 一応は、身を清めるつもりで、水盤脇に立てられていた看板に書かれていた手順でやってみたんだ。 その看板には、小学校高学年くらいの女の子のキャラクターが、柄杓で水盤の水を汲み、その水で手を洗い、洗った 手に柄杓の水を受けて、その水で口をすすいでいる様が描かれている。 「何だか、桐乃あたりが萌えそうな女の子のキャラクターですね」 「どうかな……」 看板のキャラクターは、往年の少女漫画風だった。こうした絵柄は、桐乃の好みじゃなさそうだけどな。 「それと、参堂や鳥居は、真ん中を歩いちゃいけないらしい。真ん中は神様の通り道だからな」 俺たちは、板状の大きな御影石が敷かれた参堂の左端を、俺が前になって進み、規模は大きくはないけれど、 風雪に耐えた風格を感じさせる社殿の前に行き着いた。 社殿の真ん前には、投げ入れられてきた硬貨で、箱上部の格子の角がすっかり丸まってしまった賽銭箱が据えられ ている。 「え~と、お賽銭、お賽銭……」 財布を探ると、硬貨は十円玉が何枚かと、百円玉が二枚、それに五百円玉が一枚だった。さすがに十円玉では失礼 だろう。百円玉でもどうかと思う。貧乏学生には痛い出費だが、ここは五百円玉を奮発することにした。 「ご利益は何なんでしょうね」 五百円玉を賽銭箱に入れながら、あやせが尋ねてきた。 「分からねぇが……、多分、五穀豊穣とか無病息災なんじゃねぇの?」 「じゃあ、わたしは、わたしの人生が実り豊かなものになるように、祈願いたします」 これも、賽銭箱の脇に立てられた看板に書かれている作法どおり、社殿奥にあるであろう御神体に向かって深々と お辞儀をし、二拍後に瞑目して祈願した。 何を願ったかって? そいつは残念ながら内緒だな。 願い事を心の裡で唱えた後、再び深々とお辞儀をし、俺は祈願を終えた。 だが、俺の傍らでは、あやせが瞑目して、真剣な表情で何事かを願っている最中だった。 あやせの祈願は、俺がお辞儀をしてから、三十秒近くは続いていたように思う。何を願ったんだろうね。 思い込みが激しいから、とんでもないことを願ってなけりゃいいんだが。 「時間があるし、よかったら、あそこのベンチに腰掛けよう」 境内の見晴らしのよい場所に、木で出来た小さなベンチが設えてあった。そのベンチに俺が腰掛けると、あやせも、 俺の右隣に座った。 「こうして見ると、あちこちに緑があって、いい街ですね」 「寺社が多いからな。それに、俺が通う大学も、ちょっとした公園並みに緑が多い」 「大きな川が、街中を流れているんですね」 「あの川べりで、夏祭りの時は大きな花火大会があるらしい。ここからだと、下手に川べりに行くよりも、落ち着いて花火を見物出来そうだな」 あやせは、俺の通り一遍の簡単な説明を「ふぅ~ん」と呟きながら聞いている。 俺自身、この街で暮らすようになって一箇月足らずなんだから、拙い説明ではあるんだが、それでもあやせは真面目 に耳を傾けてくれていた。 「でも、これから、お兄さんはどうするつもりですか?」 「ど、どう、って?」 この街の話をしているのに、出し抜けに何を言い出すんだろう。 「お兄さんは、いつかは千葉に戻るんですか? それとも、もう、千葉には戻らず、この街で暮らしていくんですか?」 「そりゃ、いつかは故郷に帰りたいさ」 「でも、桐乃のことがあるから……、ですよね?」 「うん……、ま、まあな」 また、その話か、桐乃が実家に居る以上、俺は帰省すら許されていないんだぜ。 「わたしは、お兄さんに千葉に帰ってきて欲しいです……」 「その申し出はありがたいけど、現状では無理だな」 「だったら、こっちでずっと暮らすんですか?」 「そうだな……」 もし、大学を卒業して、こっちの方で職を見つけられたら、千葉には戻らず、こっちで暮らすことになるかも知れねぇな。 故郷に帰ることが叶わない以上、しかたがない。 「じゃ、じゃあ、お姉さんのことも、桐乃のことも、五更先輩のことも、わ、わたしのことも、何もかも忘れて、そして……、 さっき会った、保科さんとかと一緒になるんですか?」 「おい、おい……。結論を先走り過ぎだぜ。それに、保科さんは単なるクラスメートだ。それ以上でも、それ以下でもねぇよ」 本当に思い込みの激しい奴だなぁ。 今は、大学の講義について行くのが精一杯の俺に、そんな先のことまで考えられねぇよ。 何よりも、保科さんは、この地方屈指の名家の御令嬢だぜ。俺なんかを相手にするわけがない。 「お兄さんは、鈍いから、自分の身に何が起こっているのか、分かっていないんです。今日の保科さんの、あの態度、 絶対に危ないです」 「危ないって、何がどう危ないんだよ」 「これだからもう……。いいですか? お寺で会った時、保科さんは、お兄さんの顔と名前をはっきりと認識していた。 これって、お兄さんに対してかなり興味を持っているってことじゃないですか!」 「たまたまだよ。保科さんは、誰に対しても礼儀正しいし、クラスの中心とも言うべき人だからさ。それで、法学部一年の 全員の顔と名前を覚えようとしていて、実際に覚えたんじゃねぇの?」 その途端、あやせが顔を真っ赤にさせて激昂し、俺の襟首を引っつかんだ。 「お兄さんの分からず屋!!」 「ぼ、暴力はやめろ! 第一、こ、ここは神前だぞ」 「だったら、鈍くて危なっかしいお兄さんには、神様公認のおまじないが必要です!」 大きな瞳をぎらつかせたあやせが、俺の眼前に迫って来た。 「うわぁ、俺、神前でブチ殺されるのか?!」 「何を訳の分からないことを言ってるんですか。そんなことより、今からおまじないをしますから、目をつぶってください」 「目をつぶっている間に、ブ、ブチ殺すのか?」 「え~い、もう、さっさと目をつぶってください。そうしないと、本当にブチ殺しますよ!」 俺は観念して瞑目した。何がどうあってもブチ殺されるらしい。これも、運命か……。 「?」 しかし、鼻腔に芳しい香りが感じられたと思った次の刹那、俺の唇は、甘く、瑞々しく、ふんわりとした弾力あるもので塞がれていた。 驚いて目を開ければ、あやせが目を閉じたまま、俺の唇を貪るように吸い続けているじゃねぇか! 「う、あ、あひゃひぇ……」 口を塞がれているから、声にならなかった。 しかも、あやせは、接吻から逃れようとする俺を、両の腕でがっちりと掴んできたのだ。 うわぁ、あやせの舌が、俺の口の中に入ってきやがった!! あやせの舌が、あやせとは別の生き物のように俺の舌に絡みついてくる。い、いきなりディープ・キスかよ! い、息が出来ねぇ……。 だが、それは、あやせも同じだったんだろう。 「ぷはぁ~~っ!」 あやせは、俺との接吻を中断し、素潜りしていた海女みたいに息を吐き出した。 そして、呼吸を整えながら、俺の顔を妖しい目つきで見詰めている。 「な、何だよ?!」 俺は、あやせの両腕で押さえ込まれたままだ。 その上、あやせの瞳には、『逃さない』といった威迫があって、俺をたじろがせた。 「うふ……、もう一回……」 再び、あやせのふっくらした口唇が俺の口元に押し付けられ、彼女の舌が、俺の中に入り込んできた。 もう、ままよ! 俺も、あやせに倣って、自分の舌を彼女の口中に忍ばせた。 俺とあやせの舌は、艶かしく絡み合い、互いの歯を、歯茎を、口蓋を、舐め回し、翻弄している。 俺たち以外に誰もいない神社の境内で、俺とあやせは、我を忘れて、貪るように互いを求め合っていた。 * * * 「お見送り、ありがとうございます」 新幹線のデッキで、俺とあやせは向き合っていた。 「いや、これぐらいは当然だ。俺は、お前の『兄貴』なんだからな」 ことさら『兄貴』の部分を強調して言ったことで、あやせは不満げに頬を膨らませたが、目は悪戯っぽく笑っていた。 「『兄貴』なんて言うようじゃ、『おまじない』が足りなかったんでしょうか?」 「い、いや、そいつは十分だよ」 他の乗客もいるこんなところでキスなんかしたら、ちょっとしたスキャンダルだ。 「でも、勘違いしないでください。わたしは、まだ、お兄さんのことが嫌いです」 「……、そうなんだ。でも、何で嫌いな俺に、あんな『おまじない』をかけたんだ?」 「それは、わたしも、お兄さんを本当に好きになるかも知れない、そのための予行演習です。 それと……、保科さんみたいな人にフラフラなびかないように釘を刺しておくためでもありますね」 「予行演習は分かるが、釘を刺すってのは何だい、そりゃ……」 あやせが、嫣然とした笑みを浮かべている。 「鈍くて危なっかしいお兄さんを、保科さんのような人から護るための予防接種のようなものと思ってください」 「予防接種ね……」 俺は苦笑した。あやせには、とことん鈍い奴だって思われているんだな。 そんな折、発車を告げるベルが、ホームに鳴り響いた。 「そろそろ電車が出ます。次は二週間後、保科さんの野点で、お兄さんを護るために来ますから」 「お、おう、そんなに大げさに考えなくたって大丈夫だろうに……」 「何言ってるんですか! だからダメなんです」 大急ぎでデッキから出ようとする俺の背中に、あやせの罵声が浴びせられた。 俺とあやせの関係って、結局はこんなもんだよな。 デッキからホームに飛び出すと、間一髪で新幹線のドアが閉まった。 そのドアのガラス越しに、あやせは俺に笑顔を向けてくれている。 「ま、また、来いよ!」 二週間後にやって来ることが決まっているのに、思わず言ってしまった。我ながら陳腐だぜ。 あやせを乗せた新幹線が動き出し、それは見る見るうちに加速してホームから走り去って行った。 「しかし、『まだ、お兄さんのことが嫌いです』、か……」 そんな言葉を呟きながら、俺は自身の口唇を人差し指でなぞり、先刻の狂おしいほどの接吻を思い返していた。 『嫌い』という言葉が真実か否か、そんなことはどうでもいいのかも知れない。口唇に記憶された艶かしい感触は、 紛れもない事実なのだから。 駅舎を出て、ふと、見上げれば、茜色の夕焼け空に、二つの星が競うように瞬いていた。 (終わり)
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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1308729425/60-79 「兄貴、いる!?」 ノックの一つもなしにドアを開け放たれ、 静謐な空気を木っ端微塵にデストロイされたことに業腹を煮やす暇もなく、 「あたしの部屋に来て!」 「……いきなり何だってんだ?」 「いいから!」 俺は物凄い力で腕を引かれ、半ば引きずられるようにして桐乃の部屋に連行された。 「そこに正座」 指先には座布団。 言われるがままに正座する。 桐乃が定位置のワークチェアに座ると、もはや目線の高低差は如何ともし難く、 眼差しの鋭さはどう好意的に解釈しても実兄に向けるべきそれじゃなかった。 白状する。 俺はビビっていた。 今の状況を喩えるなら、岡っ引きに連行され町奉行の御前に座らされた罪人の図、が正しい。 誰が誰役かは言わずもがな。 「なんで黒いのをフッたの?」 と桐乃はズバリ訊いてきた。 「黒猫から聞いたのか?」 「当たり前じゃん、他の誰から聞けるわけ? てか、話逸らさないでくれる?」 「…………」 この展開を予想していなかった、と言えば嘘になる。 しかしこの場を穏便に乗り切るためのセリフは悲しいほどに準備不足で、 また上手いかわし文句を即興で組み上げられるほど、俺の口先は器用でもなかった。 「なんでだっていいだろ」 「ハァ?何その言い方。 あんた、黒いのにも似たようなコト言ったんだってね。 『理由はうまく説明できないけど、付き合えない』って……バカじゃん?」 「お前にバカ呼ばわりされる謂われはねぇよ。 黒猫はそれで納得してくれたんだから、それでいいじゃねーか」 「よくないっ!」 案の定、桐乃は可愛らしい八重歯を剥いて噛み付いてきた。 「黒いのが納得しても、あたしは納得できない!」 知ったこっちゃねえ、と返せば足蹴を食らうのは自明の理、 「なんでお前が、俺が黒猫をフッた理由を知りたがる?」 「あたしが黒いのの代わりに聞いてあげてるの!」 「そうするよう、あいつに頼まれたのか?」 桐乃は視線を四方に泳がせつつ、 「そっ……それは……別に、そういうわけじゃないケド……。 黒いのだって本当は聞きたかったに決まってるし……。 だっ、第一、有り得なくない? 女の子が一生懸命恋の告白したのに、まともな理由もなくフるとかさぁ?」 あんた人の気持ち考えられないの? バカなの? 死ぬの? 桐乃が繰り出す怒濤の三連撃に、こめかみの血管がピクリと痙攣する。 だがしかし、まぁ待て、俺は誰だ? 桐乃の兄貴だ。その温厚さ菩薩の如しと謳われる好人物だ。 これくらいの暴言笑ってスルーできなくてどうするよ? 「あんた、もしかして超キモイこと考えてない?」 「何だよ、その超キモイことって」 「この前あたしに『彼氏作るな』って言ったから、 自分も『彼女作らない』なんて誓い立ててるんじゃないの?」 「お前こそ勝手な妄想してんじゃねぇよ。 なんで俺がお前に遠慮して、彼女を作るのを諦めなくちゃならねえんだ」 「はぁ!?あんた妹に彼氏出来たらギャーギャー喚くクセに、 自分が彼女作るのは何の問題もないとか思ってるワケ? どんだけ自己中なの?死んだ方がいいよ?」 「お前さっきまで、俺がそういう考え方するのがイヤだって言ってたじゃねえか! 俺にはキモイと蔑まれるか死ぬかの二択しかねえのかよ!」 口論はいつしか怒鳴りあいに発展していたが、 お袋と親父は福引きで当てた日帰り旅行に繰り出し、終日、家には俺と桐乃の二人きり、 仲裁人の登場は期待できそうになく、 携帯も桐乃の部屋に入ってからというもの頑なに沈黙を守っていて、 誰でもいいから連絡してきてくれよ、という祈りは神への道半ばで潰えたらしい。 「……あんた、黒いののことが好きなんじゃなかったの?」 と不意に大人しい声で桐乃が言った。 「あたしがスポーツ留学してた時は、ずっと黒いのこと気にかけてたんでしょ? 黒いのを部活に誘って、一緒にゲーム作って、友達まで作ってあげてさぁ……。 そこまでして、黒いのに惚れさせといて、いざ告白されたら付き合えないって、おかしいじゃん」 こいつめ、ちょっとシリアスな雰囲気を醸せば、 俺がベラベラ本心を話し出すと思っているんじゃないだろうな。 とは言え、ここでつっけんどんな返しが出来るほど、俺は初志貫徹型の人間じゃあなかった。 「なあ、もう一度訊くぞ。 どうしてお前は、俺が黒猫をフッた理由にこだわるんだ?」 桐乃はぎゅっと下唇を噛み、しかし今度は目線を逸らさずに、 「あの子が……黒いのが可哀想だからに決まってんでしょ。 電話では普段通りに喋ってたけど、黒いの、多分泣いてた。 実際に泣き声が聞こえてきたわけじゃないけど、分かったの」 なぜ分かる、とは訊かなかったさ。 訊いたところで、友達だから、と臆面もなく言い返されていただろうからな。 そして桐乃が言うからには、黒猫が泣いていたというのは真実なんだろう。 約束の場所、校舎裏のベンチで、 『謝らないで。これは予言されていた世界の選択。 アカシックレコードに刻まれた絶対の理、確定事象なのだから』 首を横に振った俺に、黒猫はそう言ってくれた。 声には自嘲の響きが含まれていて、表情はなぜか愉しげだった。 が、黒猫が心の裡で本当は何を思っていたのかは……今更、言葉にするまでもねえわな。 「あたし、怒らないから」 桐乃は両手を膝頭の上にのせ、固く握りしめて言った。 「兄貴が黒いのをフッた理由、ちゃんと聞かせて?」 選択肢は三つある。 1.今すぐ無言でこの場から立ち去る 2.強引に煙に巻く 3.自分でもイマイチ整理できていない本心をぶちまける 1番は完全な悪手だ。 桐乃と俺の関係は悪化の一途を辿り、事態解決のために、やがて3番を選択せざるを得なくなる。 2番も妙手とは言い難い。 張りぼての嘘はすぐに見透かされてしまうだろうし、応急処置はしょせん応急処置で、 やがては3番を選択せざるを得なくなる……あれ、このゲーム最初からルート決まってね? 「すぅーはぁー」 と深呼吸をひとつ。なあに、そう気負うな京介。 ぶちまけたところで人生が終わるわけじゃない。 「俺が黒猫をフッた理由は……」 ほら、後の祭りを楽しんでやる気で言っちまえ。 「……お前だ」 「お、お前って……あたしの、こと……?」 ああそうだ。その通りだ。 桐乃、お前以外の誰がいる。 「やっぱり、あたしのせいだったんだ」 桐乃は悄げた様子でそう言い、一転、俺を睨み付けると、 「さっきも言ったと思うケド……。 あたしに彼氏を作らせない代わりに、自分も彼女を作らないとか、 そーいう下らないルールで自分を縛るの、やめてよね。 あたしはあんたに彼女ができようができまいがどうだっていいし、 黒いのとあんたって厨二病と地味顔で相性良いと思うし、 ワケわかんない女に誑かされるよか、黒いのと付き合う方がずっとマシだと思うし……。 とにかく、ホントに余計なお世話だから……だから……」 締めさせねえ。 「余計な世話してるのは、お前の方だっつーの」 「なっ」 桐乃が再び八重歯を剥いたところで、俺は正座を崩し、傍らのベッドに腰掛けた。 普段なら「勝手に座んな!」と激怒されて然るべき行動だが、 お前と目線の高さを同じにするためだ、今くらい許してくれよ。 「俺は黒猫に告白されて、嬉しかったよ。ものすげえ嬉しかった」 後輩の見目麗しい女子から、慕情の丈を告げられる。 そんな、思春期の頃からボンヤリと夢見ていた、青春の理想が叶った瞬間だった。 しかも相手は前々から好意を懐いていた黒猫だ。 正直に言う。天にも昇る心地だったね。 でもな、そんな舞い上がってる状態で、エロゲなら選択肢さえ現れない状況でも、 脳裏にはお前の姿があって、気づけば俺は、黒猫にノーを突き付けていたんだよ。 お前に『彼氏を作るな』と言った手前、俺が彼女を作るわけにはいかない? そんな理屈をこね回している余裕が、あの時の俺にあるわけねーだろ。 俺は徹頭徹尾、直感で動いた。 その結果がコレだ。 「そ、そんなの理由になってない! あたしが頭の中に思い浮かんで、それでいつの間にか黒いのをフってたとか……」 「だから最初に言ったはずだぜ。 理由は上手く説明できない、ってよ。 でもまぁ、あれから俺なりに心を整理して、 もしかしたらこうなんじゃねえかな、って仮説は立ててある」 他人事っぽく言ってるが、こればっかりは自分で自信が持てないのだから仕方ない。 現実的には十秒、体感的にはその数倍の時間が流れ、 「……仮説って?」 と桐乃が言った。 「俺はお前のことが好きなのかもしれない。 妹としてじゃなく、一人の女としてな」 と俺は言った。 言葉は喉元で詰まることなく、滑らかに舌と唇を経由して、部屋の空気を震わせた。 意外と抵抗なくできるモンだな。 実妹への告白もどきも。 達成感にも虚脱感にも似た感覚をしみじみと味わう俺を余所に、桐乃はぶるぶると肩を震わせていた。 実の兄貴から性的な目で見られていることを知ったんだ、感慨もひとしおだろう。 もちろん、悪い意味でだが。 「………っ……」 鼻を啜る音が聞こえた。 俯いた桐乃の目から、ぽつりと透明の雫が落ちる。 ティッシュを取って拭ってやりたいところだが、拒絶されるのは目に見えていた。 むしろ半径五メートル以内の存在を許されている今この状況が奇跡と言える。 マジキモイ、ホンットキモイ、死んで、今すぐ死んでと罵詈雑言を浴びせかけられ、 部屋に存在するありとあらゆる縫いぐるみを投げつけられた挙げ句、 鋭いパンチとキックの猛襲を浴びて這々の体で桐乃の部屋を逃げ出した俺は、 数分後に駆けつけたあやせに半殺しに遭い、 数時間後に駆けつけた両親から離縁状を突き付けられる……ところまで想定していたんだが。 「……いつから?」 自主退室しようとした折だった。 蚊の泣き声レベルの声が聞こえてきたのは。 「いつから、あたしのことが好きだったの?」 「さあてな。 お前をアメリカまで連れ戻しに行った時は、もう好きだったんじゃねえか。 普通いねーだろ、寂しくて死にそうだから帰ってきてくれ、なんて言う兄貴なんてよ」 俺は他にも、桐乃をただの妹としてではなく、一人の女として見ていた記憶を思い出す。 好きなのかもしれない? アホらしい。 今更保険をかけた言い方はよせ。滑稽極まりねえぞ。 俺は桐乃が好きなんだ。愛しているんだよ。 正常な恋愛の先駆けとしての、黒猫からの告白を断っちまうくらいにな。 さて突然ですがここで問題です。 実妹への恋心を自覚し、あまつさえその想いを告げた変態兄貴が、次に取るべき行動は何でしょうか? 「来年の春になったら、俺はこの家を出て行く」 答え。妹から、物理的に距離を置くこと。 「だからあと半年だけ、我慢してくれ。 俺が大学に受かって、親父から一人暮らしの許可を貰うまで――」 「ま、待って!」 桐乃は乱暴に涙の痕を拭いながら、 「一人暮らしするって、どういうこと? そんなの、あたし聞いてない。なんで? 地味子と一緒に受ける大学、家からでも十分通える距離にあるじゃん。 なんでわざわざ家を出てくの?」 おいおい、それをお前が訊くのか? 「一人暮らしすること自体は、結構前から考えてた。 家事とか色々大変だろうけど、将来的には良い経験になるだろうってよ……。 でも、今ちゃんとした理由が出来たんだ。 俺はお前を怖がらせたくないし、怖がられたくもない。 そんな関係が続くくらいなら、潔く実質的な縁を切った方がいいだろ?」 大学生になったら、何か打ち込めるものでも見つけて、お前のことは忘れるさ。 帰省もお前が家を空けてるときにするし、 お前が望むなら、二度とこの家の框を踏まないと約束してやる。 「……じゃん」 「ん、何か言ったか?」 「バカじゃん、って言ったの! あたしの気持ちも知らないで、一人暮らしするとか、 あたしを怖がらせたくないとか、勝手なコトばっか言っちゃってさ」 桐乃はもじもじと内股を擦り合わせながら、 「あんたは自分だけが、本当はいけない感情を持ってて、 そのせいであたしに引かれてる、って思ってるのかもしれないケド……。 ほ、ホントはね……あた……あたしも……」 言葉尻を切り、上目遣いに見つめてくる。 可愛い――じゃなくて、どうしてそこで口を閉じる? 「もうっ、これだからあんたは……最後まで言わなきゃ分かんないワケ?」 馬鹿正直に肯く俺。 このとき俺の脳味噌において、両思いの可能性は完全な埒外にあった。 人の機微に鈍い鋭い以前の問題である。 果たして桐乃は、首筋から顔にかけてを赤く染めながら言った。 その朱色でさえ、俺はセリフを耳にする直前まで、マイナスの感情によるものと信じていた。 「あたしもね、兄貴のことが………………好き、かも」 「は?」 今、現実に耳にできない言葉ランキング堂々の第一位が聞こえた気がしたが。 「ちゃんと聞こえた?」 夢じゃないよな。現実だよな。 誇張表現の一つである『ほっぺをつねる』をリアルに実行し、 鮮烈な痛みに顔をしかめたあと、俺は桐乃が羞恥に身悶えしていることに気が付いた。 タコの縫いぐるみを胸に抱き締め、濡れた目で俺の反応を伺っている。 え、何この可愛い生き物。 「……聞こえた」 ああ、聞こえたとも。 小躍りしたい気持ちを必死で抑え、目頭に熱いものを感じ、 手をやれば熱い雫の感触、俺は自覚がないうちに泣いていた。 ついでにこんなことも尋ねていた。 「いつから?」 奇しくもそれはさっき桐乃にされた質問と同じで、桐乃はクスッと笑いつつ、 「あたしは物心ついたときから、兄貴のことが好きだったよ。 でも、それはあくまで兄妹としての好きで、 兄貴のことを……その……男女的な意味で好きになったのは、 去年、兄貴がお父さんからあたしの趣味を護ってくれたときだと思う」 「全然気づかなかった」 「当たり前じゃん。ずっと、隠してたんだから。 モデルの演技力ナメんなっつーの……なんてね?」 桐乃の言葉に角はない。 甘えるような口調は、もう何年も昔の幼い桐乃を思い出させた。 「何度も兄貴に伝えようと思った。 でも、失敗したときのことを想像したら、怖くてできなかった。 気持ち悪がられたらどうしようって、引かれたらどうしようって……。 ねえ、もしも兄貴が、一年前にあたしに告白されてたら……なんて答えてた?」 「その時はまだ、お前のことは生意気な妹としか見てなかったからな。 多分、普通の兄妹でいよう、って言ってたと思う」 「そっか。じゃあ、我慢して正解だったんだ」 「でもな、もしあの時お前の気持ちを知ったところで、 本気で気持ち悪がったり、引いたりはしなかったと思うぞ。 むしろお前の気持ちに応えてやれない自分が、イヤになったんじゃねえかな」 「ふーん……じゃあ、どっちでも良かったんだね。 兄貴に気持ちを伝えて、だんだん好きになってもらうのも、 兄貴があたしのことを好きになって、気持ちを伝えて来るのを待つのも」 桐乃はしみじみと言い、昔を懐かしむような顔になって、 「あはっ、あたし、都合の良いことばっかり言ってる。 そういうのは、今だからこそ言えることだよね。 あんたのことが好きだって気づいた時は、自分で自分が許せなかった。 報われない恋心なんか持ってても仕方ないじゃん、って自分に言い聞かせてた。 でも、忘れようと思えば思うほど逆効果で、 最近は自分でも、ワケ分かんなくなっちゃってたんだ。 あんたに自分の気持ちを気づいて欲しいって気持ちと、 あんたが黒いのと結ばれたら諦めがつくんじゃないかって気持ちが、ぐちゃぐちゃに入り交じって……」 楽になりたかったの、と桐乃は言った。 「黒いのが告白して、あんたがそれにオーケーして、それで終わり。 あんたがあたしのために黒いのをフるなんて、絶対有り得ないと思ってた」 「けど、これが現実だぜ」 「うん……そだね。ってか、あんたいつまで泣いてんの?」 桐乃は椅子から立ち上がり、ティッシュの箱をとって、俺の隣に腰を下ろした。 「はいコレ」 「ありがとよ」 二、三枚ティッシュを重ねて鼻をかむと、 通りのよくなった鼻孔を、桐乃の匂いがくすぐった。 隣を見れば、ライトブラウンの髪に縁取られた瓜実顔。 胸元を覆うは薄手のTシャツ、ホットパンツから伸びた足は健康的な肉付き。 これまでは極力意識しないようにしてきた桐乃の女としての部分が、 今、抗いがたい魅了の魔法でもって、俺の本能に襲い掛かる。 クソッ、鎮まれ、俺のリヴァイアサンよ。 いくら今が絶好のシチュエーションとはいえ、超えちゃいけない一線ってモンがある。 「ねえ、兄貴」 「な、なんだ」 「これからどうするか、考えてる?」 「どうするって……どうもこうもしねえだろ」 桐乃は頬を膨らませると、 「これまで通りってこと? あたしは兄貴のことが好きで、兄貴もあたしのことが好きなのに、 普通の兄妹のままでいるワケ?」 この子はいったい何を言っているんだろうね。 気持ちが通じ合おうが俺と桐乃が兄妹であることには変わりないだろうが。 誰かに『俺たち(あたしたち)恋人になりました☆』と報告でもするのか? 親父に言ってでもしてみろ、女のお前はともかく、俺はグーで殴られる自信があるぞ。 あやせに至っては、全てを言い終わるまでに息の根を止められている目算が高い。 「みんなには秘密にするに決まってるじゃん。 大抵の人は、兄妹でそんなの、おかしいと思うに決まってるし。 あたしが言ってるのは、そうじゃなくて、 他の人が見てないところでは……こ、恋人みたいに振る舞っても問題ないよね、ってこと」 「ああ」 と肯いてみたはいいものの。 「…………」 恋人みたいな振る舞いが具体的に何を指すのか、互いに想像を巡らせ、沈黙する。 脳裏を過ぎるのは、これまで散々意識してきた、漢字四文字の禁断行為。 俺は無言でベッドから立ち上がった。三十六計逃げるにしかず。 このままなし崩し的に、というエロゲ的展開は何としても避けねばならぬ。 いやマジで。俺の心の準備的にも。 「……どこ行くの?」 掠れた声が、ドアノブに手をかけた俺の後ろ髪を引いた。 「自分の部屋だ」 「ねえ、今日は遅くまで、お父さんもお母さんも帰ってこないよね?」 「ああ」 「じゃあ……」 途切れる言葉。 確実に桐乃は誘惑してきている。 振り返ったが最後、俺は本能に忠実な獣に成り下がるだろう。 心の悪魔が囁いた。 別にいいじゃねえか。何を躊躇う必要がある? 据え膳食わぬはなんとやらだ。ここで逃げれば男が廃るぜ。 俺はゆっくりと振り返り――。 「エロゲーしよっ?」 ――満面の笑顔で、しすしすスペシャルファンディスクを掲げる妹の姿を見た。 「はっ」 溜息が出たね。 が、その溜息の内訳は、安堵九割落胆一割で、いつしか邪な思考は跡形もなく消えていた。 何も急ぐことはないんだ。時間ならたっぷりあるんだからな。 「やるか、エロゲー」 先に予習を済ませておくのも、悪くはないさ。 おしまい! 続くかな~?
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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1308729425/96-111 燦々と降り注ぐ灼熱の日差し。 焼けた砂浜は柔らかい白。 打ち寄せる波は透き通る青。 夏で、海だった。 「兄貴ー、こっちこっちー!」 俺がぶらぶらと散歩をしている間に着替えを済ませた妹が、 ビーチパラソルの影から飛び出してくる。 黒のビキニと白の素肌のコントラストが眩しい。 「どお、似合ってる?」 「ああ、可愛いぞ」 妹は顔を綻ばせ、波打ち際に走り出す。 「競争だよっ」 俺はジーンズとTシャツを脱ぎ(水着は元々穿いてきていた)、妹の背中を追いかけた。 結果は惨敗。 くるぶしを海水に浸し、涼に気を緩めた俺を、水飛沫の洗礼が出迎える。 「あははっ、兄貴ってば、走るの遅すぎィ。食らえっ」 「うわっ、マジやめろって……こんにゃろ」 俺は水飛沫を返しつつ、猛攻を避けつつ、妹との距離を詰めていく。 そして――。 「悪さをするのはこの手か?」 「やっ、離してよぉ。もうしないからぁ」 言葉とは裏腹に、妹は抵抗する素振りを見せない。 濡れたライトブラウンの髪が、妹の額に張り付いていた。 それを取り払ってやりながら、ごく自然に、唇を合わせた。 「んっ……はぁ……っ……」 軽く舌を絡ませる。 交わした吐息は、夏の空気よりも熱く湿っていた。 妹は銀色の橋架を指先で切りながら、 「……海の味がした」 これまた詩的なことを言う。 俺は原因を言ってやった。 「お前にさんざ海水をぶっかけられたからな」 「あはっ、それもそうだよね」 妹は無邪気に笑い、俺の胸に抱きついてくる。 普段なら優しく頭を撫でてやるところだが……露出した肌と肌の触れあいが、否応なく性欲を刺激する。 俺は……。 1.せっかく海に来たんだ。泳がなくてどうする。 2.りんこへの愛を抑えることはできない。 ――ここまでエロゲ。 しすしすスペシャルファンディスクの主人公と義理の妹りんこりんの物語である。 一応訊いとくが、まさか俺と桐乃の物語だと勘違いしてたヤツはいねえよな? 「どっち選ぶの?」 と桐乃が催促してくる。 そう慌てるな。 俺は淀みなくマウスを動かし、1番を選択した。 「……………なんで?」 「そりゃあ、海に来たんだから、泳がなくちゃ損だろうが」 というのは建前で、2番からは危険な香りがプンプン漂ってくるからである。 妹と一緒にエロゲーのHシーンを鑑賞したところで、死ぬほど気まずいだけ。 一年前はそう思っていた。 が、ここ最近、特に俺たちの肩書きが兄妹と恋人(←new)に更新された一時間ほど前からは、 一年前とは別の意味で、Hシーン回避に全力をかけている俺がいる。 「でも、なんでこんなところに選択肢があるんだろうな」 大抵のファンディスクは一本道じゃないか、と素朴な疑問を口にすると、桐乃は不満げに唇を尖らせて、 「エロゲーにも色々あるでしょ? 純愛ゲーとか抜きゲーとか。 しすしすはどっちかって言うと純愛ゲーで、Hシーン飛ばしてる人も多いんだよね。 そういう人に配慮したんだと思う。 あたしには理解できないケド」 あのー、エロゲって基本、男性向けですよね? 妹萌え成分を日常描写から補給するのはまだ理解できるとして、 女のお前がHシーン見て何が楽しいんだよ。 お前もしかしてアレか、主人公に自己投影して、ヒロインを犯す気分を味わってるのか……。 と訊くまでもなく、桐乃は答えを言ってくれた。 柳眉をいっぱいに逆立てて。 「Hシーン飛ばす人は、しすしすの魅力を何も分かってない! だってだって、快楽に身悶えするりんこりんの表情、ホンットに超可愛いんだよ!?」 オーケー、お前の魂の叫びはとくと伝わった。 だがもうちっと声のトーンを抑えような? 家に親父やお袋がいたら、確実にすっ飛んできてたぞ。 それからしばらくは平穏な日常描写が続いた。 主人公とりんこりんは色々な場所に出かけ、夏を目一杯満喫した。 作中に漂う雰囲気的に、エンディング間近といったところで、 「もっと早くにプレイすれば良かった」 と桐乃が呟く。 「このファンディスクが発売されたのはいつなんだ?」 「先月の初めくらい、かな」 「意外だな。お前がしすしすの続編を一ヶ月も積んでたなんてよ」 「んー……色々と忙しかったからね」 リアの来日に偽装デート、コミケ遊覧に御鏡襲来と、確かにイベント盛りだくさんだったな。 でも、それとなく時間を見つけてプレイすることは出来たんじゃねえか? 「あ、あたしは……兄貴と一緒にやりたかったの。 しすしすはたくさんあるエロゲの中でも、特に思い入れのある作品だし?」 「桐乃……」 俺はじんと来ていた。 傍から聞いてりゃトチ狂った兄妹と思われても仕方ないが、今更恥も外聞もねえ。 桐乃可愛いよ桐乃。 内心の倒錯的な愛情を紳士的な台詞に変換し、 「なかなか構ってやれる暇が作れなくて悪かった。 でも、お前も遠慮すること無かったんだぜ」 いつもみたく部屋に飛び込んで来て、 『エロゲーしよっ!』と俺を引きずって行けばよかったんだ……。 いや、ここ最近は偽彼氏事件が尾を引いて、険悪なムードが続いていたんだっけか。 桐乃はディスプレイに視線を戻し、 「……夏、もうすぐ終わっちゃうね」 ゲーム内時間は、八月の終わり。 現実時間は、八月の半ばを過ぎたあたり。 常日頃からニブチンと叩かれてやまない俺も、このときばかりは言外の意図を察したさ。 「何言ってんだ。 夏休みはまだ二週間近くも残ってるじゃねえか」 遊園地に海にプールに花火大会に流星鑑賞、夏の風物詩を楽しむ時間に不足はねえよ。 この主人公の受け売りみたいでイヤだが、 「行きたいところがあるなら言え。 どこでも連れてってやる」 「どこでも?」 「ああ、どこでもだ」 「じゃあ、海がいい。 撮影の時に使った水着、何着かもらってて、それが超可愛くてさぁ――」 桐乃の話に相槌を打ちながら、俺はマウスをクリックする。 街での買い物を終えた主人公とりんこりんは、手を繋いで帰路を歩む。 流れるはひぐらしの清音、背後に伸びる影法師は細く長く。 『いつまでも一緒だよ』と最後に互いの想いを確かめ、画面が暗転、Endの三文字がフェードイン。 佳境もなく、劇的なオチもなく……。 そんな、純愛日常モノのファンディスクにしてはありきたりの最後を予想していた。 結果から言う。 エロゲはやはりエロゲだった。 帰宅した主人公とりんこりんは、買い物袋を床に置き、一息吐いたところで見つめ合った。 『ねえ……あたしたち最近、シてなくない?(←りんこりん)』 そりゃそうだ。 Hシーンに繋がりそうな選択肢は徹底的に避けていたからな。 どうせ今回もH回避用の選択肢が用意されているんだろう、とクリックを続けると、 『あたし、もう我慢できない(←りんこりん)』 『俺もだ。好きだ、りんこ(←主人公)』 最後の最後の不可避H……だと? おい待て、性欲に溺れるのはやめろ! 俺の心の叫びも虚しく、画面にはピンク色のエフェクトがかかり、立ち絵は美麗CGに変化する。 流石は本編で初H経験済みの二人とあって、 あれよあれよという間にりんこは生まれたままの姿に早変わり。 ゴクリ、と喉を慣らす音が重なった。 マウスにかけた指先が止まる。 「先、進めないの?」 「いいのか、進めても」 俺の本能の箍が最後まで壊れない保証はできねえぞ。 あと無意識でやってるのか知らんが、内股をもじもじと擦り合わせるのはよせ、 それ女の扇情的な仕草ランキング審査委員特別賞を受賞するレベルの仕草だから。 桐乃は平静を装っているのがバレバレの声音で、 「こ、ここからが良いトコでしょ。 あたしに言わせれば、なんで今まで避けてきたの、って感じ」 「……分かったよ」 どうなっても知らねえからな。 俺は設定で『オートモード』を選択する。 よほど溜まっていたらしく、前戯もそこそこに主人公は挿入を開始した。 『匂い立つ雌の匂いに目眩がした。 濡れそぼった茂みを掻き分け、秘蜜の源泉たる割れ目を探し当てる。 軽く腰を突き出しただけで、一物はいとも容易く呑み込まれた。 ぴっちりと絡みつく肉襞は、喩えるなら飢えた獣だ。 一刻も早く精を絞り尽くさんと、蠕動の妙絶にて一物を攻め立ててくる。(←主人公モノローグ)』 『あぁっ……いいよっ……兄貴、もっと動いてっ……もっと激しくしてぇっ……!(←りんこりん)』 序盤からクライマックスである。 文章やCGからは目を逸らせても、如何ともしがたいのがエロボイスで、 りんこりんの艶やかな嬌声を聞かされてリアルの一物が反応しないヤツは、 聖人君子か不能者くらいだろうよ、と俺は誰ともナシに言い訳する。 つまるところ、俺は勃っていた。 それとなく片膝をついてテントを隠し、バレてないよな、と隣を見れば、 桐乃はハァハァと呼吸を荒くしてりんこりんの肢体に魅入るでもなく、 顔を真っ赤に上気させ、両手を内股に挟み込み、切なげな呼気を漏らしてこちらを伺っている。 ああ、クソ。 ただでさえ理性が飛びかけている時に、反則行為の三点セットときたもんだ。 心頭滅却すれば火もまた涼し、と故人は言ったが、そいつ結局焼死してて説得力に欠けるから困る。 「しても、いいよ?」 と不意に桐乃が言った。 目的語不在の言葉に、想像の両翼は自重を知らずに羽ばたき始める。 「兄貴も男だし、あ、あんまり我慢するのも体によくないと思うし」 それにさ、と桐乃は俯いて言う。 「さっきも言ってたじゃん。 あたしたちの他に誰もいないときは、恋人らしいことをするって……」 親は日帰り旅行で不在。 俺たちは家に二人きり。 傍らには清潔なベッド。 恋人っぽいことをするには絶好のシチュエーションだ。 これ以上は望めない。 またしても心の悪魔が囁く。 今犯さずしていつ犯す? 心も体も準備万端、押せば倒れる脆さを晒す女を前に、逡巡はどこまでも無価値だぜ? ……応とも。 まったくもってお前の言うとおりだ。 今まで何を悩んでたんだか、自分が馬鹿らしくなってくるね。 理性よさらば。 本能よこんにちわ。 俺は桐乃に覆い被さりかけ――。 「してもいいよ……キス」 ――目を瞑り、薄桃色の唇を突き出す妹の姿を見た。 え?……キス?キス、だけ? あー……あっはっはは、そうですよね、いや、うん、分かってたよ、 恋人らしいことと言えば、チューに決まってるじゃないか、もちろん俺は最初からそのつもりだったさ。 とまあ白々しい言い訳はここまでにして、たとえキスでも、 俺たちの肩書きを鑑みれば、栄えある背徳的行為第一号には変わりない。 緊張と興奮に脳髄が痺れた。 が、次の瞬間には、俺は桐乃の唇に、自分のそれを押し当ててていた。 「んっ……」 妹とキスしている。 非現実的な現実は、不思議とあっさり飲み込めた。 舌先で閉じた唇を割り、桐乃の舌を探し当てる。 「っ……ぁ……ふぁ……」 ここまでされるのは予想外だったんだろう。 桐乃は驚きに大きく目を見開きながらも、 数秒後には、自分から舌を絡めてきてくれた。 淫靡な水音が響く。 唇と一緒に唾液を吸い、舌で口蓋を蹂躙する。 このとき既に俺の脳味噌は完全に出来上がっていて、 手は桐乃の後頭部から、着々と胸へと南下しつつあった。 ヤバイ。止まらねえ。 桐乃も止めろよ。 許すのはキスだけで、最後までするのはイヤなんじゃないのかよ。 指先が至上の弾力に触れる。 「あっ……」 さあ平手打ちしろ。渾身の力で俺を突き飛ばせ。 果たして桐乃はピクリと身動きしたのみで、 ああ、なんてこった、暴走は看過されちまった。 もはや俺を阻むものは何も無い。 俺はそっと桐乃に体重をかけ、本格的に南方侵略を開始した。 その時だった。 「ただいまー。桐乃、京介、二階にいるのー? お母さん帰ってきたわよー」 脳裏を過ぎるは、最悪の未来。 まぐわう息子と娘を目撃したお袋は、まず絶句し、次に親父の名を叫び、最後に卒倒するだろう。 俺たちは迅速かつ的確に行為の証拠隠滅を完遂した。 即興のコンビネーションは血の繋がりが成せる業か。 トントン。 「入るわよー?」 「は、はぁい」 「桐乃ー、京介どこにいるか知らない?……って、あんた桐乃の部屋で何してるの?」 「桐乃に勉強見てくれって頼まれてさ。 夏休みの宿題で難しいところがあったみたいで……な、桐乃?」 「そっ、そうなの! 理科の先生が超意地悪でさあ、有り得なくらい難しい宿題を出してきたんだよね」 お袋はジト目で俺たちの顔を交互に見遣り、 「ふぅん、桐乃が京介に宿題を手伝ってもらうなんてねえ……いつ以来かしら」 これ以上追及されたらボロが出る。 そうなる前に、と俺は訊いた。 「お袋たち、帰りは遅くなるんじゃなかったのか?」 「それがねえ、あの人、急に職場から呼び出さちゃって、 一人で温泉を楽しむのもアレだし、帰ってきたのよ」 なるほど、さっきから親父の気配を感じないのはそのせいか。 幸いなことにお袋に長居するつもりはなかったようで、 「京介、あんた桐乃に勉強教えてあげるのはいいけど、変なことしちゃダメよ」 と釘を刺して出て行った。 俺は桐乃と顔を見合わせ、深い深い息を吐く。 お袋は冗談で言っていたのだろうが、ついさっきまで俺たちは「変なこと」の真っ最中だったのだ。 「ふふっ、危ないトコだったね」 ここで笑えるお前の胆力に感心するよ。 ピンク色のムードはどこへやら、緩慢な空気が流れる。 桐乃はおもむろに唇に人差し指の腹を当てると、 「さっきの……ファーストキスじゃなかった、って言ったらどうする?」 「別に……どうもしねえよ」 お前も中学三年生だ。 兄妹関係が冷え切っていたときに、 彼氏の一人や二人いたとしても、今更怒りやしないさ。 「ぷっ、兄貴ってば、すっごい顔が強張ってる」 「うるせえ」 「あたしのファーストキスを奪った誰かに嫉妬してるんだ?」 こいつめ、なんでこんなに嬉しそうなんだ? 俺の心をナイフで抉るのがそんなに楽しいのか。 「やっぱり忘れちゃってるんだね」 何を。 「小さい頃に、キスしたこと」 誰と誰が。 「あたしと兄貴が」 マジで? 「うん。今日みたいに、あたしと兄貴がお留守番を任されたことがあって、 そのときに二人でテレビ見てたら、ちょうど昼ドラが流れてたの。ドッロドロのやつ」 止めろよ、当時の俺。 なぜ桐乃の目を覆って子供アニメのビデオをセットしてやらなかったんだ。 「そんなに過激なシーンは無かったよ。 あっても、精々キスくらい。 それでね、あたしもあんたも、その頃は全然そういうことを知らなくて、 二人で実際にやってみない?ってことになったの」 「どっちが言い出したんだ?」 「……あ、あんたに決まってるじゃん」 怪しい。 が、今言及すべきはそこじゃない。 「それがお前のファーストキスか」 「うん。でも、あたしが言うのもなんだけど、あんなのはファーストキスのうちに入らないと思う。 半分、遊びみたいなものだったし、あんたは次の日には忘れちゃってたし……」 なぜ恨めしげな目でこちらを見る。 俺は言った。 「それじゃあ、実質的なファーストキスはさっきの、ってことでいいのか」 「うん。そだね……それでいい」 桐乃はクスリと笑い、冒頭のりんこりんの台詞に準えて言った。 「……ソースの味がした」 これまた散文的なことを言う。 俺は原因を言ってやった。 「昼飯に焼きそばを食べたからな」 「あはっ、それもそうだよね」 それから俺たちは、ひとつ約束事をした。 次に恋人らしいことをするときは、事前に歯を磨いておこう、ってさ。 おしまい! 続くかな~?
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1281447547/416-423 リアと別れた後、俺は桐乃の部屋にいた。 『――あんた、あたしの彼氏になってよ』 桐乃の突然の〝お願い〟に放心して動けずにいたところを引っ張られて連れてこられちまったんだ。 今は二人してベッドに腰掛けている。 「桐乃。い、いったいさっきのお願いはどういう?」 「だから、そのままの意味じゃん」 「いや、そのままって!?」 なに言ってんの? この妹は!? 兄妹の間で交わされることの無いセリフじゃねーのかよ!? 「お、おおおまえ! 言っている意味分かってんのか?」 「ウザイなー。あんた『聞いてやる』って言ったじゃん。今更取り消しとか無しだからね」 い、いやおかしいだろ? い、妹の彼氏になれって……。 つ、つまり。恋人ってことだよな? ね、ねええええええええええよ!? 妹と恋人って、どんなエロゲーだよ? こいつは何考えてるんだよいったい!? 「なによ。あたしの彼氏になるの嫌だっての?」 桐乃は眉を顰めて俺に言い寄る。 「嫌とかそんなんじゃなくてだな……」 俺がうろたえていると桐乃はしゅんと顔を俯かせてしまった。 いつもはあまり見ない姿に心臓が少し締め付けられる。 「あたしさ……、あんたがリアと勝負してるときに『俺はシスコンだ!』って言ってくれたの、嬉しかったんだけど? あれ、やっぱウソなの?」 「あれは、嘘じゃねえけどよ」 あんとき俺は走っている桐乃に自分を重ねて、本心から言った。嘘なんかじゃ断じてない。 でもそれは、確かに桐乃のことを思って口走っちまったけど。決してそんな女としてどうのってとは違うっつうか……。 「だったら、いいでしょ? あんたシスコンなんだから……嬉しい……でしょ?」 俯いた顔を少し上げ、俺を見つめてくる。顔を赤らめて潤んだ瞳で見つめてくる。 うう……、だからそんな目で見るなよ。なんかおかしい気持ちになっちまうじゃねえかよ。 あれ? でもこれって~~~、前にも無かったか? 桐乃の態度を見て、俺は過去の記憶を思い出した。 たしかあやせとケンカになった時、こんな風にイタズラされたことがあったのだ。 は、は~ん。そういうことかよ。俺がシスコンなんて叫んじまったから、またぞろこいつは俺を騙してからかおうって腹づもりなんだろう。 ふん、そうはいくかよアホ桐乃め。同じ手を食うお兄様ではないわっ! 「そうだな、俺もおまえが恋人だったら嬉しい、かな?」 こいつのお願いを聞いてやるフリをして、『へへーんまたひっかかった。バカじゃ~ん』とか言ってきやがったら、逆に「ひっかかってねーよ、ばーか」と返してやる。 「じゃあ、あたしの彼氏になってくれる?」 桐乃が嬉しそうな声で聞いてくる。演技だと分かっているんだが不覚にも可愛いと思っちまった。 ええい騙されるなよ俺。 「ああ、是非彼氏にしてくれ! いや彼氏にさせてくれ!」 さあ彼氏になってやったぞ。来い! いつそのマル顔を膨らませて笑い出すんだ? 「あは、ありがと。それじゃあ、その、キス……していい?」 「おう、キスだな、俺もしたいぞ」 そうそうキスを…………。 ん? 俺が頭に疑問符を浮かべるか浮かべないかの瞬間、桐乃は両手で俺の肩を掴むとドンとベッドに押し倒してきて、 「んちゅ……」 キスをしてきた。 「ちゅりゅ、ぺろ、ちゅうう」 な、ななななな! なななななななななななんじゃこりゃああああ!! 頭が一瞬で真っ白になった。その間にも桐乃はがっちりと俺の頭を両手で抱えて、俺の口に自分の口を押さえつけてくる。 「んふっ……、ちゅっちゅっ…ちゅぴ」 「ま、待ふぇ桐っ! んむ!?」 言葉を発しようとして開けた口は、桐乃と密着しているために上手くしゃべれず、変わりにヌルンと俺の口内へ何かが入り込んできた。 「じゅる……ちゅぷるる、ちゅぽ…くちゅ…くちゅ……ちゅるる」 こ、これ。桐乃の舌か!? 這い回るように、口の中を蠢いている。めちゃくちゃ気持ちいい。 なんとか桐乃を引き離そうとしているんだがディープキスの感触にうまく力が出ず、桐乃の服をギュっと掴んでジタバタするだけで精一杯だ。 「んふぅ……じゅ…じゅちゅ…ちゅぱ、ちゅっ。ん……ふぅ、はぁ……」 ようやく口と口が離れ、トロンとした目で息継ぎをしながら俺を見下ろしてくる。 「はぁはぁ……。き、桐乃! な、なんのつもりだよ!?」 「なにって、キスしたんじゃん。あんたもしたいって言った」 「そ、それはだって。おまえが、いつかみたいに俺をからかって冗談だと思ったから!」 「冗談じゃ、ないし……」 俺を見下ろしながら桐乃は言う。 「あんたとこうなりたいって、ずっと……思ってたし」 「じょ、冗談じゃないのかよ」 「だから違うって」 ま、マジかよ? こ、こんなんどうすりゃいいってんだ? 不測の事態すぎんだろ! あの桐乃が、いつも俺に文句は言うわ、可愛げないこと言うわでさんざキラってるもんだと思ってたのによ。 「わ、わりい。俺は冗談だとばかり思っててさっきのは――」 「ダメ、あんたもうあたしの彼氏に決まったから。無しとか言ったら、キスしたことお母さんに言うから」 「ちょ!?」 とんでもないこと言ってんなこのアマ! そんなこと言ったらともに破滅だぞ? いや、お袋のことだから俺が妹にイタズラしたとかそんな流れになりそうだ。 そのまま親父の耳にまでいったら、そこで俺の命は尽きるだろう。 「お、おちつけ桐乃。とりあえず冷静に話しあおう!」 「せっかくだからこのままあんたの童貞貰ってあげる」 話しを聞かずにゴソゴソと俺のズボンを脱がしにかかる桐乃。 「らめえええ! それはらめえええ!?」 桐乃の両手を抑えて俺は必死に抵抗を試みたが「邪魔!」と頭に頭突きを喰らい思わず昏倒してしまう。 その隙に、ズボンとパンツは下半身から取り払われてしまった。 「な、なによあんた。嫌がってるくせにこんなになっちゃってんじゃん」 あらわになった俺のリヴァイアサンは、自分でも気付かないうちにガチガチになっていた。 「これは! そりゃあんな気持ちイイことされたら」 「へー、気持ち良かったんだ。あたしとのキス。さすがシスコン」 「う、うるせー!」 思わず本音が出てしまった。 「それじゃ、挿入るから」 「桐乃! よせって! 俺たち兄妹なんだぞ!?」 俺が叫んで拒むと、桐乃は一瞬押し黙ったが、すぐに「うるさい!」と怒鳴り俺のチ○ポを自分の股座に勢いよく沈めていった。 ずぷっ! ずぶぶ、プツッ。 「痛ッ! ~~~~ッ………!」 は、挿入っちまったよ!? 桐乃は顔を激しく歪めている、かなり痛そうだ。 「このっバカ桐乃!」 俺は桐乃の痛みが和らぐようにと、からだを抱えてやりそのまま静かに横たえさえた。 頭を撫でてやりながらも文句ぶつけた。 「無茶するなっての!」 「うるさいシスコン。頭撫でんな、キモい」 言いつつも、手で撥ね退けようとはしない。たぶん痛くてそれどころじゃないんだろうな。 「それにおまえ、初めてだったんかよ?」 「わ、悪いっての」 「いやそうじゃなくて、ちゃんと準備しとかんと初めてって痛いんだろ? なんでこんな?」 「あんたが……」 「え?」 「あんたがバカだからじゃん」 「な、なんで俺がバカなんだよ!?」 意味が分からん。どうして俺がバカだからおまえがこんなことするんだ? 「あんたが兄妹だからって。そんなん……百も承知だっての。それでも……あたしはあんたと、あんたが彼氏になるって聞いて……あたし、もう……抑えられ――――」 桐乃の目から涙が零れ落ちていった。それが処女を失った痛みからじゃねえってのは、今聞いた言葉から充分すぎるほど理解できた。 つまり、桐乃は俺のこと……、男として見てたってことだよ…な? 兄妹の間で持つには余りにもぶ厚く硬い壁が出来てしまう感情だ。それをこいつは『ずっと思ってた』って。 俺のこと嫌っているんだと思って会話もしなかったときも、人生相談を聞いてなんでこいつは俺を引っ張りまわそうとしているのかと思っているときも、 アメリカに飛んでっちまって連絡も寄越さねえ冷てえやつだと思っているときも、ずっと一人でその感情を持ってたってことかよ。 ばか桐乃が。 俺はひとしきり泣く桐乃をあやすように頭を撫で続け、そして、 「桐乃、キスしていいか?」と聞いた。 なんの気負いも無く俺はキスを妹に求めた。 桐乃は目を見開く。 「俺はシスコンだからな。妹の、おまえのわがまま聞いてやるように出来てるんだ」 それに、と俺はさらに言う。 「正直、ヤっちまった後で言うのもなんだが、思ったよりおまえのことすんなり受け入れてる。キスしたいってのもイヤイヤだからじゃなく、本音だ」 「ほんとに?」 「ああ。実際、これが今だけの特殊な感情なのかそうでないのかは分からんけどさ。とりあえず、俺が一番やりたいのはおまえを抱きたいってことだ。てか、俺彼氏なんだろ? ヤらせろ!」 そうまくしたてると、桐乃は歪めていた眉を和らげた。 「バカ、シスコン、変態」 「チッ。どうとでも言いやがれ」 「じゃあ、このまま続き、してよ」 「んぐ!?」 すんげー可愛い顔で言われて、つい勢いを殺がれた。 桐乃は黙って俺を見つめている。 そんな目で、見られたら? おまえ、分かってんのか? 俺シスコンなんだから、そんなお願いくらい、 「聞いてやる……よ」 顔をゆっくりと近づけていき、俺は妹に、桐乃にキスをした。 「ちゅ……、んん、あに……き」 「桐乃……」 すぐに唇を触れ合わせるだけじゃ満足せず、お互いに舌を絡ませだした。 「ちゅ、ぴちゅ…ちゅっ……じゅりゅりゅ」 桐乃の舌を味わい、歯茎を丁寧に舐めていく。 「ふぁ……、兄貴……。もっとシて。じゅちゅ…ちゅちゅ、うんん」 「おまえのツバ、甘いな」 「へ、変態」 舌に吸いついたり桐乃が流し込んでくる唾液を味わう内に、股間が一気に熱を帯びる。 「ゆっくり動くけど痛かったら言えよ?」 「童貞に優しくしろなんて期待、してないし」 「この、一言多いんだっつの」 「やぁ、ん……ちゅ、ちゅぴ。キ、キスで誤魔化されないんだからね」 減らず口だよなーったく。 ただ、それも今は非情に愛らしく感じてしまう。 俺はゆっくりと腰を動かしていった。 「うっ、あん、あっ……あっあっ」 キスしたことでからだがほぐれたのか、桐乃の秘所は愛液に濡れて俺のチ○ポの抽送を助けている。 「あっ、んぁ……はふっ…いっいいよ、ちょっと気持ちよくなってきた…かも……。あっ」 「俺も、おまえの中すげえ気持ちいい」 ぬるぬるした愛液とキュッとすぼまるように吸い付いてチ○ポを離そうとしない膣中の感触に、快感が強まる。 「やっ……あん、あっあっあっ。兄貴のチ○ポ、あたしのなかすごい突いてる」 「わりい、腰が止まりそうもねえ」 さっきよりも強く腰を動かしだす俺。 「ひゃっ! はふっん……あっ、ゃああ、あっあん。感じちゃってるよあたしぃ。初めてだけど兄貴のチ○ポ挿入して、かき回されて、あたし気持ちよくなってる!」 桐乃も快感に夢中になっているようだ。顔を紅潮させて口を半開きにしている。 「き、桐乃!」 「ん、んむむぅ! あ、兄貴! んちゅ、ちゅぶ、ちゅるる、ん……んはぁ」 淫靡な顔を見せる桐乃がいとおしく感じて、もう一度舌を挿し込んで口内をむさぼった。 それと同時に、腰もさらに激しく動かす。 ていうか、可愛すぎだろおまえ!? 激しく動くのは抑えて、出来るだけ優しくとか考えていたけど、こんなの、抑えろってのが無理だっつの! 「あ……はぁ…んんむ。ちゅ、あっあっあふぅ…ん、んああ! あ、兄貴! 兄貴!」 桐乃が俺に抱きついてくる。背中に手を回して男の俺でもきついと感じるくらいだ。 熱くほてった桐乃のからだを感じて、俺もいっそう全身が熱くなる。 いつのまにか射精感がすぐそこまで迫ってきていた。 「お、俺。もうイきそうだ!」 「あ、あたしも、イ、イきそう。あっ……。きょ、今日は大丈夫だから、あっ……んあ……膣に、膣に出していいから、兄貴!」 「わ、分かった」 絶頂に向かって俺、いや、俺と桐乃は抱き合いながら腰を動かす。二人で、兄妹で快感を高めあっていった。 膣出しか……。大丈夫って言ってたけど。 一瞬、大丈夫じゃない方が――なんて考えがよぎった。 「桐乃! イくぞ! おまえの膣に出すからな!?」 「う、うん! い、いいよ。 あっ、あたしもダメ、イく、イっちゃう!」 桐乃の一番奥まで届くように腰を突き出しチ○ポをねじ込んで、 「あ、ああああ―――ッ!」「イ、いくううぅぅぅうっ!!」 どぷっ! どぷぷぷぷぷぷぷ――――――ッッ! 精液を桐乃の膣奥に注ぎ込んだ。 「はぁ…あ、ああああ! 兄貴のチ○ポから出てる。精液、あたしの膣に、子宮に流れてきて…る……」 絶頂を迎えて痙攣しながらも桐乃は俺の精液の感触を下腹で感じているようだった。 「はぁ……はぁ……、桐乃」 「ん……兄貴……」 俺と桐乃は抱き合ったままキスを続けた。 ――キスをしながらしばし時を過ごした後、後始末を終えて俺たちはまたベッドの上で隣りあって座っていた。 ただ今度は腕を、指を絡ませて。 「「………………」」 や、ヤっちまったんだな、桐乃と。 な、なにを話せばいいんだろうな、こういうときって。 あ~~~~なにも思いつかねえぞ!? 世の恋人同士は事後ってどうやって普通の状態に戻ってるんだよ! 後でインターネットで『事後 会話』で調べてみるか……? 「ねえ」 俺が煩悶していると桐乃が口を開いた。 「後悔…………してる?」 首を動かして桐乃を見るがこっちを見ていない。前髪が垂れてどんな表情をしているのかも分かんなかった。 後悔……か。 そうだよな、俺たち兄と妹で、血が繋がった実の兄妹なんだよな。 このまま関係続けたとして、世の恋人同士みたいな―― そこで俺は思考をストップさせた。 単に悩むのを止めて、問題から逃避したんじゃない、俺の心はいつのまにか答えを出し切っていたからだ。 自分でもびっくりだよ。 もしかしたら、もうずっと前から出ていた答えなのかもしれない。 「桐乃、俺たちは兄妹だ」 「…………っ……」 俺を握る手に力が入った。 「いろいろ考えて、悩んで、苦しんでいくのかも知れん。だけど――」 一呼吸入れて。 「俺はおまえを嫁に行かせる気はねえかんな」 「は?」 桐乃は顔をあげて俺を見てくる。何いってんだって顔してるな。 ぐいと肩を引っつかんで真正面に向かい合わせた。 「絶対ほかの野郎なんぞにおまえはやらねえ! 親父とお袋にぶっ殺されようが、ぜ~~~~ったい! やらねえっ! おまえがイヤがっても断る! いいか、おまえは俺の――」 さて言うぞ、こんちくしょー! 聞けよ、俺の気持ちを! こう考えちまったんだから仕方ねえんだくそったれ! どうにも動かしようもねえ、事実だ! 俺の、俺だけが持っている桐乃に対する感情だ、正しいとかそんなんじゃあねえ! おまえは俺の――――――― 「俺の嫁だああああああああああぁぁぁぁ―――――ッ!!」 分かったか、ばか桐乃。俺のシスコンは真性だ! 自分勝手な感情ってのは分かってるさ。だけどな、だけど! 俺は桐乃、おまえのことを考えるさ。 たとえ、俺のことを見なくなったとしても、ずっとおまえがそうしてきたように。 こんなクソバカ兄貴を目覚めさせちまったのはおまえなんだからな、責任とれよ? 俺の魂の叫びを聞いて桐乃は、感動のあまり「兄貴!」と腕を回して俺と熱い抱擁を…………しなかった。 ダン! と俺を跳ね除けて立ち上がり、そしていつものように俺を罵倒する。「このシスコンッ! キモい!」ってな。 ただし、とびっきりの笑顔で。
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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1298520872/470-523 「ふう……」 夕食を終えて自室に引っ込んだ俺は、畳の上に仰向けになって、天井の木目をぼんやりと眺めながら、ため息を吐いた。 とにかく、昨日今日と色々なことがありすぎて、俺の頭の中は混乱していた。 突然の思いがけないあやせの訪問、それに禅寺での保科さんとの、あやせをからめてのセッションは、こっちに来て からというものの、下宿屋の女主人としか会話らしい会話がなかった俺にとって、良くも悪くも久々に感情を交えたやり とりが出来たひとときだった。 あ、赤城との電話もあったな……。 だが、麻奈実の一件があるから、あいつとの間柄は微妙なものになっちまった。 「あいつと麻奈実が付き合っているってことよりも、遠慮なく言い合える悪友が居なくなっちまった方がキツイぜ……」 そんなことを呟きながら、俺は目をつぶった。相変わらず俺のことを嫌いだと言い放ちながらも、強引にキスをした あやせの姿が脳裏に浮かび、次いで和服姿の保科さんの姿が浮かんだ。 いつもなら、『ブチ殺しますよ!』と喚くはずのその口が俺の唇に吸い付いてきて、さらには、大胆にも舌まで絡めて きたんだから、驚きだ。 そのひと時は、紛れもなくうつつだったんだが、あまりにも突飛な展開で、未だ何かに化かされていたんじゃないか という気持ちが捨てきれない。 保科さんとの一件もそうだ。 大学でさして目立たない俺に、彼女のような超絶美人の令嬢がわざわざ興味を示すなんてことは、どう考えても あり得ないことだった。 「う、何だ?」 結論が出そうにないことを、物憂げに思案していた俺は、シャツの胸ポケットで着信音を奏でている携帯電話機で 現実に引き戻された。 誰からだろうと思って液晶表示を見れば、それは親父の携帯端末からだった。 「もしもし……」 だが、相手はお袋だろう。 『ああ、京介ぇ?』 案の定だ。 俺の携帯は、実家からの電話を着信拒否に設定させられている。桐乃の携帯電話からのも同様だ。そのため、お袋 からの電話は、親父の携帯からというのが常だった。 高坂家での長男に対する扱いのひどさってのは、実際どうなんだろうね。別段、今に始まったことじゃないんだけどさ。 「…………」 しかも、お袋が口にするのは、桐乃、桐乃、桐乃、の一辺倒。 何でも、高校でも成績優秀で、陸上競技部の一年生エースだとかで、親として鼻が高いんだとさ。 そりゃ結構なことで。 だがな、その桐乃が変に色気づいたから、俺は故郷から遠く離れたこの街に追いやられたんだぞ。分かってるのか? 昔からそうだが、デリカシーのない女だな。 『でね……』 当然に俺の心情などは、お構いなしのお袋は、散々に桐乃、桐乃、桐乃とまくし立てた挙句に、とんでもないことを 抜かしやがった。 『桐乃は間違いなくT大にも合格するし、陸上競技でも相当なところまで行くと思うのよ。 でね、そのために色々と物入りで、悪いけど京介、今からでも育英会の奨学金を申請してくれないかしら』 「どういうことだよ」 敵の魂胆は読めていたが、こっちから結論を急がないことにした。そうしたからって、結果は変わらないんだけどな。 『う~~ん、奨学金が出るようになれば、その分、仕送りが少なくなっても問題ないでしょ? そういうことよ』 「そういうことって……」 分かってはいたが、いざ聞かされると、本当にむかつくな。携帯電話を握る左手が、怒りでぶるぶると震えている。 たしかに桐乃の成績だったら、T大も楽勝だろうさ。陸上競技だって、超高校級かも知れねぇ。 だが俺だって、そこそこ自慢できる大学に合格した身だ。あんたの息子にしては上出来過ぎるほどだろう。なのに……、 『出来の悪いあんたと違って、桐乃は高坂家の誇りなんだから。あんたも桐乃のために我慢なさい』 あっさりと抜かしやがった。畜生め……。 『ふざけんな、バカヤロー!』と、思いっきり怒鳴りつけてやりたい衝動を何とか抑えて、俺は努めて冷静を装った。 だが、こうまで言われっぱなしだと、嫌味の一つも言いたくなるよな。 「もう、ご自慢の娘さんの話は聞き飽きた。どうせなら本人の声を聞きたいな。居るんだろ? 家にさ。 桐乃に代わってくれよ」 その途端、ブツッ、という無愛想な音とともに、通話は一方的に打ち切られた。 「けっ、ガチゃ切りかよ……」 俺は、舌打ちしながら起き上がり、携帯電話機を座り机の上に置いた。 久しぶりにあやせに会えたっていうのに、全てがぶち壊しになった気分だな。それにさっきのお袋の様子じゃ、奨学金 の申請が通るか否かにかかわらず、仕送りは減額されるだろう。 「地獄だな……」 何だか、事態はどんどん悪い方へ転がって行きやがる。 その悪化していく状況に、俺自身では歯止めを掛けられないんだから、たまったもんじゃねぇ。 仕送りが減額されることは確実とみて、明日にでも学生課に赴き、奨学金申請の手続きをするしかない。 それと、奨学金の申請が認められなかった場合にも備えて、何らかのアルバイトをすることも覚悟しておいた方が いいだろう。 「金はない……。知人も居ない……」 これが、いわゆる五月病って奴なんだろうか。背伸びして難関大学に合格したものの、講義についていくのが精一杯。 仕送りは最低限で、身の回りの物も十分には賄えない。 そして何より、家族からは見放されたも同然で、周囲には女友達はおろか、相談できる男友達も皆無と来たもんだ。 ゴールデンウィーク明けに、大学生とか新社会人の自殺記事が新聞の片隅に載ることがあったが、 今の俺にとっちゃ他人事じゃないわな。 自殺する奴の気持ちが、痛いくらいによく分かる。 だがよ、お袋がいかに俺をボロクソに扱おうが、俺はこの程度でくたばるようなタマじゃねーんだよ。 昨日今日はあやせがはるばる来てくれたし、つい数時間前だが、信じられないことに、濃厚なディープキスを交した。 あやせの本心は未だ不可解だが、俺のことを憎からず思ってくれていると信じたい。 それに、束の間ではあったが、学内随一の超絶美人である保科さんと、一緒にお茶を嗜むこともできたんだ。 彼女を女友達とみなすのは恐れ多いが、とにかく、地元出身の学生と初めて会話らしい会話が出来たんだ。 一大収穫と言っていい。 「居場所を作ることだな、俺にとってのここでの居場所を……」 あやせとの遠距離恋愛も、保科さんとの会話も、ここで単身頑張っていく励みにはなったが、それだけでは足りない。 「赤城のようにバカを言い合える友人、麻奈実のように気軽に話せる女友達、そうしたもんがないとな……」 本当に信頼できる友人知人は、一朝一夕には見つからないだろうが、それも運次第だろう。 何かがきっかけとなって、事態が思いもかけない方向へ転がり出すかも知れないからな。 「もう寝るか……」 時刻は、午後十時前だったが、今日は本当に色々なことがあり過ぎて疲れた。 明日は明日の風が吹くって言う訳じゃねぇが、日々、頑張っていくしかない。 俺は、明日提出の民法のレポートと、英文法と第二外国語のドイツ語の予習がどうにかなっていることを確認すると、 布団を敷いて横になった。 「こっちの布団は、昨夜、あやせが寝ていたやつだ……」 ほんのりと感じるのは、彼女の残り香だろうか。 だが、心底疲れていた俺は、その残り香が気になったのも束の間、泥のような眠りに落ちていった。 * * 長いようで短かった連休が明けた五月六日。俺はいつも通り、法学部の教室の隅っこの方にぽつねんと座っていた。 教室の前の方には、華やいだ雰囲気を醸している女子の一団が陣取っていて、その中には、昨日、禅寺で思いがけ ない出会いをした保科さんが居た。 和服姿だった昨日とは違い、腰の辺りまで届く艶やかな黒髪をストレートにしている。枝毛が全くなさそうな、こんなに もしなやかな髪は、俺の知っている限りでは、他には黒猫ぐらいだろうか。面立ちは、瓜実顔とでも言うべきか。色白で 鼻筋が通り、やや面長な印象だ。まるっきり丸顔な桐乃はもちろん、桐乃ほどではないが、どちらかと言えば丸い印象の あやせとは完全に趣を異にしている。桐乃やあやせと似通っているのは、ほっそりとした体型ぐらいだろう。背は、もしか したら、あやせの方が少しだけ高いかも知れない。 「隙がない美人って、居るんだなぁ……」 単にルックスがいいとかってレベルじゃなくて、その存在に華があるとでも表現すべきか。 この地方屈指の名家の令嬢ってのは伊達ではないらしい。おそらく、幼少時から、躾や習い事とか勉強とかで 磨かれてきたんだろう。それでいて高飛車なところが全くなく、いつもにこやかに微笑んでいる。 「昨日のことは夢だったのかもな」 同級の女子と楽しそうにおしゃべりしている保科さんは、当然のように、俺が居る教室の隅っこの方には目もくれない。 でも、これが現実なんだ。 彼女とは昨日、禅寺でたまたま出会った。 そして、俺が、それなりの美少女であるあやせと一緒だったから、俺にも一時的に興味を持った。 さらには、俺が彼女と同じ大学の同じ学部の同級生で、今日これから提出するレポートを読んでいたから、俺と暫し 話し込んだだけなんだ。 「それに、何の取り柄もない俺なんかに、変に目線向けられたら、ヤバいことになっちまう」 彼女に言い寄る男子は、同級生から上級生まで、それこそ数えきれないほど居るに違いない。もしも彼女が昨日の ような調子で俺に話しかけてきたりしたら、俺は翌朝、市内を流れる川に浮かんでいるかも知れねぇ。 「保科さんと親密に話す機会は、もう、あれっきりなんじゃねぇのかな……」 いや、待てよ。二週間後に保科さん宅で開かれる野点に、あやせ共々招待されていたっけ。 だが、あれも今となっては、夢幻だったんじゃないだろうか。 実際、招待状とやらを受け取っていない以上、本当に俺たちが招待されているのか否か、はっきりしないからな。 「お~い、静かにしろ!」 いがらっぽい声とともに、頭がつるつるに禿げ上がった小太りの初老の男性が教室に入ってきて、ざわついていた 学生達を一喝した。 禿頭がタコ坊主を連想させることから、誰言うとなく『タコ教授』と呼ばれている民法の担当教授のお出ましだった。 「では、連休前の宿題にしておいたレポートを回収する。後ろの席から前の席に、順繰りにレポートを送ること」 俺のすぐ後ろの奴が、無言で何人分かが束ねられたレポートを俺の右脇に突き出してきた。 そのレポートの束に自分のレポートを重ね、俺もまた前に座っている奴に無言でレポートの束を突き出した。 そんこんなで、学部一年の全員のレポートは手際よく回収され、タコ教授の講義が始まった。 「では、物権の妨害排除請求権について……」 退屈で眠気を催す講義ではあるが、民法は必修科目だから聞き漏らすわけにはいかない。 俺は眠気をこらえながら、タコ教授の声に聞き入っていた。 眠いことこの上ない眠法じゃなかった、民法の講義の後は、学生に読ませ訳させるソクラテス方式で恐れられている ドイツ語の講義を受け、学食で不味いラーメンを食い、午後は教養科目である物理学と、国際法の講義を聴講して、 本日の予定を終えた。 おっと、学生課に寄って、奨学金の申請書をもらうのを忘れるところだった。 あまり気は進まなかったが、壱号館の薄暗い廊下の奥にある窓口に行き、一通りの説明を受けて書類一式をもらっ てきた。 何でも、四月に受け付けた申請者の中から、かなりの数の不適格者が出たとかで、追加の申請は一応は受理すると のことらしい。 しかし、受理はされても、審査ではねられるおそれがかなり高そうだ。 奨学金は、高校での成績が余程いいか、親の年収が余程低いか、あるいは母子家庭とかなら、申請が認められるん だが、あいにく、俺はそのいずれにも属しない。 「こりゃ、バイトも覚悟しておくか……」 奨学金が受けられそうにもないことを思うと鬱な気分になるが、ひとまず、今日の学内での用件は、これで終わりだ。 サークルにも何にも属してない俺は、後は帰宅するだけだ。 帰れば帰ったで奨学金の書類の記入と、明日の英文読解と刑事訴訟法の予習が待っている。 昨日、あやせと一緒に乗った路面電車に乗り込み、下宿最寄りの停留所で降り、車の往来が途絶えた隙を見て車道 を強行突破した。 俺はもうさすがに慣れたが、車道のど真ん中にあるくせに、乗降客用の信号も横断歩道もないなんて、物騒この上 ない停留所だな。これで死亡事故が起きてないんだから、世の中はよく分からない。 運命を司る神とか悪魔とかは、恐ろしく気まぐれなんだろう。 「さてと……」 下宿の女主人に帰宅した旨を告げるのもそこそこに、俺は自室に引っ込んで、学生課からもらってきた奨学金申請 の書類に、本人が記入できる事項を書き込んだ。それを『高坂大介様』と宛名書きした封筒に収めて封をした。明日は 講義が終わってから中央駅前の大きな郵便局に寄って、実家へ送付してもらえばいい。後は、おそらくお袋が、親父の 年収とか何とかを、適当に書き込んでくれるだろう。 「こういうのってのは、面倒臭くってなぁ」 時計を見ると午後六時近い。何だかんだで、一時間半も申請書とにらめっこしながら、それに必要事項を記入して いたようだ。大学当局とか、この奨学金を管理している育英会とかの公的機関に出す書類ってのは、どうにも記入が ややこしくていけねぇ。ミスったら受理されないから、勢い慎重にもなる。記入にはどうしたって時間がかかるのだ。 「すっかり遅くなっちまったぜ」 俺は、パソコンを起動した。明日の刑事訴訟法の講義に備えて判例を検索するためだ。あと一時間もすれば夕食の 時間だが、少しでも下調べをしておきたかった。 「しかし、インターネット様々だな……」 値が張る上に、分厚くてクソ重い判例集がなくても、今は重要判例を検索できる。まれに、インターネットでは公開 されていない判例もあるが、そうしたものだけを図書館常備の判例集で調べればいい。 「おっと、その前にメールもチェックしておくか」 パソコンのメアドは、大学当局には知らせてあったから、時折、当局から通知が来ることがある。それに、Amazonとか で書籍を購入する際の連絡先としても、そのメアドを指定していたから、特典等を知らせるメールマガジンが、しばしば 入り込んでくるのだ。 だが……、 「件名『探しましたぞ!』、差出人『槇島沙織』だと?!」 沙織を名乗る者からの開封通知付きメールを認めて、俺は驚愕した。 バカな。沙織には、このパソコンのメアドは知らせていない。 「まさか、新手のネット犯罪じゃねぇよな?」 開封通知付きってのが怪し過ぎる。 開封せずに破棄しようかと思ったが、本当に沙織からのメールかも知れないかと思うと、それは出来なかった。 「ちょっと見て、怪しかったら、速攻で削除だ」 思い切って、そのメールをクリックした。 『沙織でござる。 京介氏、そちらに引きこもって以来、つれないではござらんか。 しかし、隠者のような暮らしにも、そろそろ飽いてこられたのではありますまいか。 いい加減、我々の前に、そのお姿を見せていただきたい。 京介氏が嫌だとおっしゃられても、近日中に、黒猫氏共々、そちらへ参上仕るのでよろしくでござる。』 「げ!」 沙織からのメールには違いなかったが、その内容は仰天ものだ。 「近日中に、黒猫と一緒に、こっちへ来るってか?!」 それがハッタリでないことを示すつもりなのか、文末には、『拙者は京介氏の居場所を突き止めておりまする』の文言 とともに、俺が世話になっている下宿屋の住所が記載されていて、おまけに、地図のURLまで貼ってあった。 「……そうだよな。沙織が超が付くほどのセレブだってのを忘れてたぜ……」 父親が議員であるという特殊な事情があったにせよ、あやせのような小娘でも、俺の居場所を突き止めたんだ。 大きなマンションに一人住まいを許され、自由に扱える資金も権限も十分にありそうな沙織ならば、あやせ以上に 様々な手段で、俺のメアドや居場所を突き止めることが出来るだろう。 俺がメールを読み終えるのを待っていたかのように、机の上に置いておいた俺の携帯が着信音を奏でていた。 確認するまでもない。相手は沙織だろう。さっきの開封通知で、俺がメールを読んだことを知った上での電話に違い ない。 「俺だ、京介だ」 『おお! 京介氏。お久しぶりでござる。お元気そうですな』 この独特のヘンテコな言葉遣い。無駄に感嘆詞に力を入れるイントネーション。まさしく沙織だった。 「まぁ、元気っちゃ、元気かな……。なんとかかんとか、やってこれているよ」 本当は八方塞がり一歩手前といった感じだが、それを正直に告げたところで、沙織を無駄に心配させるだけだ。 何の益にもなりゃしない。 『それは何よりでござる。いや、拙者も黒猫氏も心配しておりましたぞ。本当に、ある日突然に、拙者たちの前から、かき 消すように居なくなられて……。きりりん氏も、京介氏の行く先はとんとご存じない。ご両親に京介氏のことをお伺いし ても、いっこうに埒があかない。いやいや、拙者も黒猫氏も、京介氏がいかがなされたのか、本当に危惧しておりました』 「いや、沙織にも、黒猫にも、心配をかけてすまなかった。だが、事情が事情だけに、行き先をお前や黒猫に告げるわけに はいかなかったんだ」 『その事情は、拙者も存じておるつもりです。ご両親が、京介氏ときりりん氏との関係を危惧されたからというのは、 拙者のみならず、黒猫氏も存じておりまする』 「そうか……」 俺がこんなところに隠遁させられている事情は、赤城もあやせも分かっていたんだ。沙織や黒猫だって気付くだろう。 『不躾ながら、事件の発端は、拙者、昨年夏の御鏡氏の登場と理解しておりますが、宜しいですか?』 「うん……。まぁ、そんなところなんだよ」 俺と同い年の男でありながら、エタナーの女社長のお抱えファッションモデル兼デザイナーで、常人離れした美貌の 持ち主。 その御鏡が、その女社長の工作とはいえ、桐乃の彼氏として俺の実家に出現したのが昨年の夏だった。 忘れようったって、忘れられない事件だったぜ。 『その御鏡氏に対して、京介氏は敵意を剥き出しにされた。それを京介氏ときりりん氏のお母上が、てっきり京介氏が 実の妹であるきりりん氏に執着されていると勘違いされたというのが、宜しくなかったんでござろう……』 「そう、最初は、お袋の勘違いだったんだよ……」 『でも、その事件がきっかけとなって、きりりん氏の本心をご両親も知るところとなった……。その結果、京介氏は、 そちらへ隔離……、いや、これはちょっと不謹慎でござった……』 「いや、本当の事だから、気にしてねぇよ。実際、桐乃から隔離するために、実家から放逐されているようなもんだからな」 それどころか、奨学金の申請と引き換えに、仕送りが減額されるんだぜ。 もう、親、特にお袋からは半ば見捨てられているに等しいよな。 『そんな京介氏を、拙者たちは励ましたいと思っておりまして。近日中、出来れば、次の日曜日あたりにでも、拙者と黒猫 氏とで、お邪魔させていただければと思い、先ほどはメール、そして今はこうして電話にてお伺いしておる次第でござる』 「そ、それは、まぁ、ありがたいけどよ……」 俺だって、正直、沙織や黒猫には会いたい。しかし、この下宿屋に押しかけられるのは、御免被りたい。あやせの時は、 どうにか『妹』ということでごまかせたが、沙織や黒猫が来た時まで、同じ嘘が通用するはずがないし、他にうまい言い 訳も思いつかないからな。それに、まさかとは思うが、桐乃がこの件に関わって居るのかどうかが気になる。 だが、聡明な沙織は、そんな俺の懸念を鋭く見抜いてくれたらしい。 『ご心配には、及びませぬぞ。先ほどのメールにしたためた京介氏の住所は、黒猫氏にも、きりりん氏にもお知らせする ことはござらん。ただ、拙者が本気で京介氏にお会いしたいという決意の現れを示すために、僭越ながら貴殿の居場 所を調べ、それを先ほどのメールに記載させていただいた次第でござる』 「じゃ、じゃあ、こっちの下宿には来ないんだな? それと、桐乃は、今回は関わってこないのか?」 『京介氏の下宿の住所は、黒猫氏にも秘密にさせていただく以上、拙者も京介氏の下宿にお邪魔するわけには参りま せぬ。それに、今回そちらへお邪魔するのは、黒猫氏と拙者のみでござる。きりりん氏も、おそらくは京介氏に会いたい とは思いまするが、今はまだ、その時期ではござらん』 「そ、そうか……。そうしてもらえるなら、助かるよ」 状況を的確に判断したマネージメントには恐れ入る。これで、俺よりも年下なんだからな。末は、立派な実業家になり そうだ。 『それでは、京介氏。今度の日曜日ということで宜しければ、当日は、午前中にそちらの中央駅に到着するように致しと うござる。先ほど、黒猫氏とも相談致しましたが、朝八時頃に東京発の新幹線に乗れば、昼前には、そちらの中央駅に 到着するでござろう。しからば、中央駅前にあるアニメショップを見てから三人で昼食をして、その後は、市内を見物し ながら互いの近況報告を含めたおしゃべりということでいかがでござろうか?』 「いいんじゃねぇか、俺も、みんなと久しぶりに会いたいからな」 しかし、駅前のアニメショップって、アキバにある店の小規模な支店なんだけどな。 見てもしょうがないと思うが、まぁいいか。 『おお、それはそれは……。では、黒猫氏ともスケジュールの詳細を詰めて、後日、改めてご連絡申し上げる』 「いや、そんなにしゃちほこ張らなくてもいいよ。当日、新幹線の中からでも到着一時間前くらいに電話かメールでもしてくれ。そうしたら、中央駅の改札まで迎えに行く」 『では、そう致しましょうぞ。それでは、今度の日曜日は、宜しくでござる』 「ああ、こちらこそ、宜しく頼むぜ。だがな……」 『おや、京介氏。何か、気になることが未だおありでござったか?』 「いや、念のために訊いておくが、俺の居場所をどうやって突き止めたんだ? それに、俺のパソコンのメアドとかも、 どうやったら分かったんだ?」 電話の向こうでは、沙織がからからと笑っていた。 『京介氏、それを訊くのは野暮というものでござろう。拙者、色々と人脈もあれば、年齢不相応な権限も持ち合わせて おる次第にござる。京介氏の居場所を知るためとあらば、それらを行使することもやぶさかではござらんと、ご理解くだ され』 「そうだったな……。お前だったら、俺の居場所を突き止められるだろうな」 そうはいっても、個人情報保護法があるんだから、簡単じゃねぇよな。沙織だって、それなりに本気で俺のことを心配 してくれているから、多少の無理は承知の上で、彼女が言う『人脈』とか『権限』とかを行使したんだろう。 沙織が具体的にどんなことをやったのか、下々の俺には分からねぇけどよ。 『では、拙者の用向きは以上でござる。拙者も黒猫氏も、当日は京介氏にお会いできることを楽しみしておりまするぞ』 「俺もだ。当日は宜しく頼むぜ」 通話を終えた俺は、自身の携帯端末の液晶画面に暫し見入っていた。 画面には、沙織の携帯端末の番号と通話時間が、角張った無機的なフォントで表示されている。 見たか、お袋よ。 あんたが、俺をこの地に追いやり、俺のことを半ば見捨てようとも、こうして俺のことを気に掛けてくれる奴は居るんだぜ。 あんたが、俺の居場所をどんなに秘匿しても、そいつらは、あやせや沙織は、おそらくは合法非合法の手段を問わず に、こうして俺の居場所を突き止めてくるんだ。 ざまぁ見やがれ。 「落ち込んでいたけどよ……、ちったぁ元気が出てきたのかもな……」 誰も彼もから見捨てられては、人は生きてはいけない。 だが、遠くからでも、誰かが想ってくれるのなら、それが生きる上での励みとなるのだろう。 そんなことを思いながら、俺は、本来すべきであった判例の検索に取りかかった。 それが一段落しそうな頃合いに、下宿の女主人が、階下から俺を呼ばわった。夕餉の時間なのだ。 俺は、ダウンロードしたPDFファイルに適当なファイル名を付けて保存すると、飯を食うべく、のそのそと階下の 八畳間へと向かった。
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1296227693/55-60 『今すぐ来て。困ったことになっちゃった! 場所は―――』 こんな切羽詰まった様子の電話が桐乃からかかってきた。 どうしたんだ一体? とにかく、電話で言われた場所に俺は急いだ。 アイツがこの俺に電話を、それもあんな様子でかけてくるなんてタダ事じゃない。 言われた場所に着いた俺は桐乃を探した。 どこだ? 桐乃のあの様子、きっと何かあったに違いない。 ―――いたッ!! 桐乃―――と言おうとした瞬間、 「お兄ちゃん、来てくれてありがとう!」 お、お兄ちゃん? 誰だオマエ? ニセ者だろ! 本物の桐乃を返せ!! 怪訝な顔をしていると桐乃は俺の右腕に腕を絡ませて引っ張っていく。 「すみません。来てくれました!」 そう言って桐乃は大人達に頭を下げて回った。 なんだこの人たちは? 撮影機材があるから、カメラマンと‥‥‥メイクのスタッフか? ということは此処は撮影現場ってことか。桐乃の仕事場だな。 で‥‥‥、なんだって俺が呼び出されたんだ? 「キミが桐乃ちゃんのお兄さんか。噂は聞いているよ。 背は低くもなく、かといって高すぎるわけでもなく、スリムだし悪くないね」 はぁ―――。 スタッフの人が言った言葉に力無く頷く俺がいた。 「撮影に来てくれるはずのモデルさんが来られなくなっちゃったのよね。 偶然ロケが地元だったから、アンタに代わりをやってもらおうってワケ。 せっかくスタッフさんも集まっているのに時間が勿体ないじゃん?」 なんだそれ。それで俺を呼び出したのかよ。しかもあんな電話で。 文句を言おうと桐乃の顔を睨むと、 「ごめんなさい。あんな不安な感じの電話で‥‥‥ こうでもしなきゃすぐには来てくれないと思ったから」 桐乃は俯きながら謝った。 チクショウ、こんな素直に謝られたら、コイツの頼みを聞くしか無いだろ! 「それで? 俺は何をすればいいんだ?」 「飲み込み悪いわね。つまり来られなくなったモデルさんの代わりに アンタがアタシと一緒に撮影してもらうってことなのよ」 げっ! 俺、モデルデビューっすか? 経験なんてねえし、どうすりゃいいんだよ? 「アタシがリードするから平気。アンタはただ突っ立っていればいいの!」 「でも顔が雑誌に出るんだろ?」 「アンタのしょぼくれた顔なんて雑誌に載せられないじゃん? あくまでも顔出しNGってことでアンタを撮ってもらうことになっているから」 いや、自分を美形なんて思ってはないけど、しょぼくれた顔って‥‥‥ 「それと言っておくケド、アタシ現場じゃ妹キャラとして通っているから。 そういうキャラとして今日はアンタと一緒に撮影するかんね。 こんな超かわゆいアタシが妹だってことに感謝しなさいよね」 あの、スタッフさんが居る前との落差が激しいんですけど。 本当にコイツ、猫を被ってやがんのな。 「あ、それと‥‥‥今日の撮影は、恋人同士って設定だかんね」 ‥‥‥‥マジすか? 俺は、来られなくなったという恋人役のモデルが着るはずだった衣装を纏った。 スタイリストさんによると、偶然にも体型がピッタリだという。 実際着心地も悪くない。 「へー、まさに馬子にも衣装じゃん」 ワゴン車のドアを開けて乗り込んできた桐乃の第一声を拝聴する俺。 「なんか緊張してきたな」 「ニワカなんだから、緊張する必要ないじゃん」 「でもプロの仕事の現場なんだろ。素人とはいえ全力出すのが礼儀ってもんだろ」 「ふーん。意外とわかってんじゃん。じゃあ早口言葉でもする?」 「なんで?」 「緊張を解すには、早口言葉が効くのよ。あやせだってやってるし」 本当かよ? まあ、藁にも縋りたい今は、コイツの言葉を疑っている暇はない。 「そんじゃいくね」 「おう」 「ばすがすばくはつ ぶすばすがいど」 「なんだよそれ?」 「いいから、さっさと言う」 なんつー早口言葉だよ。 「ぼうずがだいぶじょうぶなびょうぶにじょうずにぼうずのえをかいた」 「これは普通だな」 「いちいち口を挟まない!」 クソ、意外と言いにくいな。これで緊張解けるのか? 「となりのたけやぶにたけたてかけたのは たけたつかわいかったから たけたてかけたのさ」 「‥‥‥なんかおかしくね?」 「ドコがよッ!! 答次第によっちゃブッ殺すよ!!!」 ひいっ!! ちょいと疑問を挟んだだけなのにコイツ、ブチ切れやがった。 今のどこに地雷があったんだよ? そんなこんなもあって緊張も解けてきたようだ。早口言葉が効いたかな。 「いいねー。今日の桐乃ちゃん、いつも以上に可愛いね!」 カメラマンが桐乃を褒めちぎりながらシャッターボタンを押している。 俺の目から見ても、今日の桐乃は確かに可愛い、というかとても嬉しそうだ。 桐乃は変幻自在な表情で、俺の腕にしがみついたり、俺の肩越しにカメラのレンズを 覗き込むような仕草をしている。 コイツのプロフェッショナルな姿、悪くねえな。 「凄いお兄さん効果だね! これからもお兄さんと一緒に撮る?」 いやコイツ、猫を被っているだけっすから。あくまでも仕事重視なヤツなもんで。 「ちょっとお兄さん、顔が緊張しているかな?」 そりゃコイツとこんな格好で、しかも恋人同士役なんてマジ緊張するし。 「もうお兄ちゃん、もう少しリラックスしてよね♪」 うへえぇー、キモチわり―――。 ヤバい、感情が顔に出そうだ。 顔出し無しって約束だけど、ここは桐乃のためにも耐えなければ。 「今日はありがとうございました。お疲れさまです」 スタッフの挨拶で撮影は終わり、俺は解放された。 「ふふん。まあまあじゃん? 今日はあくまでも緊急事態だったんだから、これは最初で最後だかんね」 へーへー。お疲れさまでした。 まあ俺も、コイツのプロ姿を間近で見ることができたし、 珍しい体験もできたから、今日の一日は決して悪くねえと思ったよ。 「お届けものです」 宅配便を受け取った俺は荷物パッケージのラベルを読んだ。 メディアスキー・ワークスから親父宛‥‥‥? 「お袋、さっき親父宛に何か来ていたよ」 「ああ、メディアスキー・ワークスの本ね」 「それって桐乃の小説を出版した会社だろ? 親父、小説でも買ったの?」 「小説じゃなくて、桐乃がモデルで載っているファッション雑誌よ。 お父さん、通販で桐乃が載った雑誌を毎号買っているのよ」 へー。親バカとおもっていたが、やはりね。 ‥‥‥それにしても、何か気になるな。何だろう? 「京介、話がある」 大地を揺るがすような声に振り向くと親父殿が居た。 「これは一体どういうことだ?」 親父がファッション雑誌の1ページを開いて俺に突き付けた。 「ファッション雑誌‥‥‥だよな?」 「そんなことではない。内容を見ろ」 うっ! 俺がモデルの代役をしたときの写真か‥‥‥! でも約束通り俺の顔は写ってないし、親父は何を問題にしているんだ? 「ここを見ろ!」 親父が指差した先を見ると‥‥‥ 「なになに、『プロフィール』!? 『高坂桐乃 1997年生まれ。千葉県出身。中学三年生。陸上部所属』」 これが一体どうしたというのだ? と親父の顔を覗いた。 「最後まで読め!」 えーっと‥‥‥ 「『今日は大好きなお兄ちゃんと一緒に写真を撮ってもらいました♪(笑)』」 ってオイ!! せっかく顔出し無しだというのに、台無しじゃねえか! 桐乃のヤツ!! 「桐乃と一緒に写っているこの男はお前なのか?」 「いや、それは事情があって‥‥‥」 「どんな事情だ?」 「実は―――」 「なるほど。しかしお前は未成年だ。そんなことをするなら親に連絡すべきだ」 超正論を言う親父に反論できるはずもない。一発二発殴られることを覚悟した。 「だが、今度だけは大目に見よう」 本当かよ? と怪訝混じりな俺の表情を察したのか親父はこう言った。 「これだけ嬉しそうな娘の顔を見せられて、怒るわけにはいくまい」 『モデル・京介』 【了】
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413 : ◆36m41V4qpU [sage]: 2013/05/06(月) 13 14 "絶対防衛あやせたん(仮)" ゴールデンウィークも真っ最中 「あれ?あやせたん、来てたの?」 「京介、おかえりなさい♪」 野暮用を済ませて、徹夜明けに自分のアパートに帰ると マイ・ラブリー・セレスティアル・エンジェル・あやせたんが ベットの上にちょこんと待っていた。 「今日約束してたっけ?」 俺はこの連休中の期間、色々(本当に色々)かなり忙しくて 遊ぶ時間はおろか、何時に帰宅出来るかの時間すら決まらず、 彼女は彼女で仕事(あやせたんは超A級モデルである)が入っていて お互いに予定のタイミングが合わないと思っていたのだが――― 「いいえ………でも来ちゃった♪」 「お、おう」 「だってぇ、早くぅ………京介くんに会いたかったから♪」 「アハハ………あやせたん、面白れぇな~ 例のラブタッチの台詞かよ(笑)」 「ブー、本当にすごく――すごく、会いたいから待ってたのに ―――笑うなら、迷惑ならすぐに帰ちゃうぞ?」 「め、迷惑じゃないに決まってるんだろっ!」 あやせは花柄(レース)ぽい―――カチューシャっぽい(ヘアバンド)と それと、お揃いである総レースのワンピースを着ていた。 俺の希望? ―――と言うよりも、前に色々バトルがあった時の話の流れで あやせは、俺の妹の影響から俺の好みの服装やファッションへと 最近かなりイメチェンしていた。 ところで、彼女がお洒落した時に、彼氏がやる行動と言えば?――― 「今日のあやせ(は)………今日もあやせは可愛いなぁ 凄く似合ってるよ」 「ふふ………有り難う御座います♪」 「なぁ、あやせ―――」 ―――正解は 彼女のお洒落な服を大いに褒め、その褒めた彼女の服を 一刻も早く脱がそうとするという、大いなる矛盾(パラドックス)な行動。 でも彼氏・彼女って大体こういうものであり ―――事実、このパターンで拒否られた記憶は俺の中には無い。 あやせは仕事の時以外は俺がプレゼントした例の"チョーカー"を 身に着けてくれてるが、今日は格好が格好なだけに首周りじゃなく ブレスレットの様にして左手首に巻いていた。 俺はあやせの右隣に移動してベットに腰掛け チョーカーのあるあやせの左手を、自分の右手で優しく捉まえると ベットに座ったまま あやせの正面の方に向き直り、 左手でゆっくりとあやせの横髪を撫でながら、 いつもみたくキスしようとした ―――が 「ダメ」 あやせは唯一空いていた右手で俺の口撃(キス)を防いだ。 「な、何で?」 「何で・でもダメ」 「そ、そうか………俺さ、徹夜明けだからちょっと寝るわ」 「あーあ、なるほど………エッチなコト出来ないと分かると せっかく遊びに来た可愛い彼女を放置して、 呑気に、すやすやとお休みになるってことですね?」 「………いや、そういうわけでは」 「もしかしたら………二度と起きれないなんてことも。 何故だか分かりませんが、わたし悪い予感がする」 「き、奇遇だな―――そして危惧だな、これ。 実は俺もあやせと同じ予感がしたんだ。 それに寝るなんて………う、嘘に決まってるじゃん この俺がおまえを放置で寝るわけがないだろ?」 「ふ~ん………どうだか」 「でもさ、本当に眠いのは嘘じゃないんだけど」 「だったら、少し寝てても良いです」 「そっか、うんならお言葉に甘えて、ちょっとだけ寝よう―――」 「わたし、お外の撮影で少し汗かいちゃったからお風呂入ろうかな」 「ああ………良いぜ。」 あやせは何度か(も)うちの風呂には入ってるから 要領は大体分かってる筈だ。 そして、この後続く言葉は 『―――お風呂覗いたら、針千本飲ますから(殺)!』 である あやせの恥じらいと言うか羞恥心と言うか 絶対に許してくれない、封印されたプレイ?がいくつか有った。 ―――風呂に一緒に入るもその中の一つ。 「ねぇ、せっかくだから一緒にお風呂………入りません?」 「もちろん、覗かねぇって………………………え?」 「だから、お・風・呂・」 「う、うそ?」 「別にイヤなら………別に無理にとは言わないけど」 「いや、せ、せっかくだから入ろう」 「あ! その前に、一つだけお願い―――」 「まさか、目隠ししろ………とか殺生なことを言わないだろうな?」 「ピンポーン♪ 正解………だってやっぱり恥ずかしいし」 「そんなの駄目だろ! 風呂で目隠しするとかの方がよっぽど変態プレイみたいだろ?」 我ながら、滑稽なほど必死にあやせを説得する俺 「い、良いよ………目隠しするならエッチしても」 「嘘?マジで………」 「う、うん」 本来ならこれで、諸手を挙げて受け入れるべきだった。 後から考えたら、初めての風呂+目隠しプレイ+あやせが色々してくれる で充分、僥倖なのだが―――普通に見えてエッチするよりも 実は、ある意味良い要素もあるほどだろう でも ―――男は視覚で興奮する動物と言うこと ―――あやせはその視覚情報が最強ということ ―――今日は最初から、あやせに翻弄されて、焦燥してたこと だから俺は 『目隠しイヤです!目隠しイヤです!目隠しイ・ヤ・で・す・!』 と駄々をこねた。 あやせは―――……… 「もうしょうがないなァ………だったら―――」 俺はシマッタと思った。 何故なら―――この先に続く言葉は 『わたしの言うコト聞けない悪い子は一人でお風呂入りなさい!』 だと思ったからだ。 でも実際は 「目隠ししなくて良いです。でもエッチなことしちゃ駄目ですよ?良い?」 ………―――と言った。 でもとにかく、一緒に風呂るんだ。 そしてお互いに裸なんだ―――だから、力技で何とか 良い感じに出来ると俺は楽観していたが……………… あやせたんがバスタオルを開いてご開帳すると 「おお!………え?………ええぇぇ?」 …………み、水着だと 「撮影で使ったんです………どう?」 あやせは魅惑的に笑みを浮かべて俺は見た。 「う、うん………そ、そうなんだ」 「ねぇ………可愛い?」 まんまとあやせの作戦に引っかかった俺だった。 「あやせはやっぱり可愛いよ」 ところで、彼女がお洒落した時に、彼氏がやる行動と言えば?――― 「ダメ! 約束して守れないなら、もう金輪際一生、一緒にお風呂入ってあげないよ?」 何故か、風呂のあやせたんの貞操は オレイカルコス(オリハルコン)並に固いらしかった。 二兎追うものは一兎をも得ず ―――あやせと風呂入るなら、あやせの裸見ながらエッチしようとすると 目隠しのエッチも出来ず だった。 風呂上がり 「ねぇ………京介」 「何?あやせたん」 「わたし達お付き合いして結構経ってるし、 だからわたしって敬語使うのはなるべく辞めまし―――辞めたよね?」 「うん」 「だったら、もう一歩進めてちょっぴり乱暴な言葉で話すのとか如何 ―――どう(ですか)♪?」 「ら、乱暴………とは?」 「京介なんて………死ね、バカ、駄作」 「―――っておい!駄作って何だよ! 何だかよう分からんが………と、とにかく俺は絶対にイヤだぞ 俺のあやせたんがキャラ崩壊しちゃうだろ!」 「ふぅん………そう? だったらしょうがないから辞めてあ・げ・る・」 「是非、そうしてくれ 俺は誰が何と言おうと、今のあやせたんが好きなんだからさ」 「でも――でも、京介ってわたしに苛められて喜んでる時も 結構ある癖にぃ♪」 「それは凄く待て! それは誤解も良いところだ。俺は断じてMじゃねぇから! むしろ褒められて伸びる子なんだぞ!」 「ほんとぉ………かな? 実は今だって、わたしにいっぱい意地悪されたかったり………して?♪」 「そんなおまえのお口(タグ)はこうだ(ロック)!」 「―――あっ♪ ってもうっ、結局―――また………いきなり」 「あやせが可愛い美少女で良かった。 本当に――本当に良かった。 関わるのも面倒なキモヲタでなくてマジで良かった」 「それ………何のことです?」 「いや、全くもってこっちの話だ。 ほら、そんな事よかあやせたん………早く続きしようぜ?」 「ダメだよ ちょっと待って………今、髪といてるし お化粧もまだ途中」 「別に、すっぴんのあやせたんでも―――それはそれで」 「って言うか―――わたしの質問、今日もずっと一日お部屋の中?」 「って言うか―――俺も凄く疑問なんだが、 あやせは………その格好で外歩く気なのか?」 ―――風呂上がりに、着替えた今のあやせたんの格好 (明らかに)部屋着ではないが (明らかに)あやせには不釣り合いなエロい格好とは―――……… ふと、思う 俺の女の子と言うか―――あやせたんの七不思議 風呂で裸を見られるのは、今の所は何があっても絶対にNGなのに 風呂上がりの真っ裸の身体のケアをお手伝いするのは推奨されるということ 俺が、あやせの身に着ける下着を選ぶ権利を与えられると言う謎 女の子は―――あやせたんは未だに、深淵の謎に包まれている。 ………―――見せブラ(見せブラって何?)が(ヘソも)見えるほど 大胆に胸元が開いて(これでもかと強調されて)いるスリムのTシャツと ボトムは、これまたピッチピチのレザー風味のショートパンツ ―――どれだけショートかと言うと(見せショーツも見える)くらい その"見せ下着?"は俺が死ぬほどお願いして、 俺自らチョイスして、俺自ら自腹で購入したサテンの Tなバックなのであった。 「まさか………これはあなたが見たいとリクエストしたから、 着てあげてるだけですよん♪」 「そりゃ、そっか。安心したぜ。」 「それとも別に他の男の子に、この姿見られても ………別に良かった?」 「………え?」 「変態さんだから、興奮する?」 「絶対ダメだぞ!」 「ふふ―――でもこの姿のわたしが好きなんだ?」 「むろん、死ぬほど」 「京介って本当に、困った男の子だね~」 とあやせにクスクス笑われた。 その後、あやせが化粧し終わったのを見計らって 「ほら、あやせ抱っこ」 と言って、有無を言わさずあやせをお姫様抱っこして ベットに連れて行き、後ろから抱きついた。 「ねぇねぇ、せっかくお休みなのにわたし達お出かけしないのかな? せっかくのお休みなのに勿体ないよー、京介くん」 「だって、この時期は何処に行っても人、人、人の波だぞ? 俺はこうやって、可愛い俺の天使あやせたんとベットの中で ゴロゴロ――マッタリしてた方が100億倍楽しい」 「それってちょっと酷くないですかっ?」 「何だよ、イヤなのか? と言うかそんな格好してイヤって言われても、凄く困る」 「い、イヤってわけじゃないけど………でも、でも、でもっ、 ずっとお部屋のベットの上でエッチなことばっかりって―――」 「―――楽しいし、気持ちいいし、超一石二鳥じゃん!」 「うーん………はっ!? も、もしかして、やっぱり今日会ったのもわたしの身体だけが目的?!」 「もちろん、おまえの身体が目的だぞ 何故なら、あやせたんが一番喜ぶのがコレだからな あ~む♪」 「―――っ?!あっ♪ はぅ………あっ………ちょっとぉ………もうっ! ちょっとダメだってば、わ、わたし今日はここで流されないん…だ……から」 「あ~れ? 今日のあやせたんは、意外に強情だな?」 「わたしの彼氏なら、ちゃんと考えてみてくださ―――もっとよく考えてっ!」 「何を?」 「 最近は、いつもわたしがあなたのお部屋を訪ねる ↓ 3分で脱がされる ↓ こ、行為 ↓ 同点 ↓ ロスタイム ↓ 延長 ↓ PK ↓ おわり ばっかりじゃないですか!バカバカ 」 「いや、これって真面目に愛を確かめる行為だろ? make loveって言うじゃん? 彼氏と彼女、男と女、雄と雌、狼とあやせたん ―――好き同士の恋人が会ったら、会ってしまったら どうやってもロマンティックが止まらないもんだろ?」 「わたしのロマンチックは、だだ止まりです! 普段だって………わたしに え、エッチでいやらしい言葉ばっかり 言わせようとするし、そういう時って全然雰囲気なんて無いし」 「そ、そうだっけ?」 「 『あやせ、おっぱいって言ってみて』 『小陰○って言ってみぃ』 『大○唇って言って、ほら言って』 『ほら、あやせたん―――いつものおねだりは? それともず~とこのまま我慢する?』 」 「そ、そんなコトも有ったかな………?ハハ」 「あ、あの時は………わ、わたしがワケが分からなくなっちゃってるから あなたの言いなりだったけど、普通に考えるとすごい屈辱ですよね?コレ」 「良いかい?あやせたん 男って落差や意外性に萌える生き物なんだぞ? 俺が日頃から考えている『ギャップ理論』」 「はっ、はい?」 「エロゲーに登場するビッチな娘が実は家庭的とか あやせの様な清純なお嬢様が実はメチャクチャ(今の格好)みたくエロいとか」 「だ、だから一体何を言ってる―――」 「男って奴はこういう女子に頗(すこぶ)る弱い もちろん、俺も弱い―――メチャクチャ弱い」 「そんなのわりと、どうでも良いから! わたしに、いやらしい事ばかり言わせるなっ!って言ってるんですっ!」 「あやせなら分かってくれるかと思ってたんだが」 「わ、分かるわけないでしょ!京介の変態!エッチ!ドスケベ!」 「『変態』って言葉も―――よく考えるとエロい響きだよな 出会った時からおまえの罵倒って確実に俺の劣情を誘発してるぞ?」 「くぅ……………この………この!」 「『エッチ』、『ドスケベ』―――さぁさぁ遠慮なく言え、もっと言うんだ!」 無言で、殴(られ)る・蹴(られ)る・踏み砕(かれる)く 「イテテ………ま、待て待てっ!」 「ハァハァハァ………なんです? あなたが泣いても殴打・蹴撃・踏砕を辞めてあげないっ!」 「俺はエロに真剣に取り組んでるんだよ! あの頃の全力少年なんだ! 面白半分とか冗談じゃなくて真剣に言葉―――そう、エロ隠語の言霊を あやせたんに言わせるコトに命を賭けてるんだ!」 「そんなのに命賭けるくらいなら ―――すごーく久し振りに言ってあげるけど いっそこの場で、ぶち殺してあげましょうか?!」 「…………………待て待て待て、暴力反対! 話せば分かるって」 「分かるわけないし―――分かりたくもないし やっぱりもう死んじゃぇ―――」 「―――だ、だからちょっと待ってくれ! とにかく俺の話を………あっ!―――そうだ! しょ、勝負だ、あやせたん………俺と勝負しないか?」 「………勝負?―――勝負って何です?」 「あやせに、俺が一流のセクハラ野郎だと証明するから!(キリっ) それをあやせに納得して貰う為の勝負」 「ドヤ顔で言われても ―――『わたしの彼氏はやっぱりド変態でした』の証明なんてされても わたしには完全なデメリットしかないって知ってる? やっぱりこれが原因で死にますか?―――死にたいですか!」 「も、もちろん―――ただでとは言わないぜ もし俺が負けたら、今後一切一生、あやせとエロイことしねぇから」 「…………………え?」 「勝負にはリスクがつきものだからな 俺は俺の一番大切な物を賭ける」 「―――え、エッチが一番大切ってどうかと思うけど で、でも………あの一生とか………その………そこまで大げさに………」 「おいおいこの条件で、一体何が不服なんだ?」 「今回は――今回だけ………言葉―――そう、エッチな言葉を わたしに言わせるプレイを、絶対に今後一切しないと約束するということで 許してあげる」 「本当にエロ隠語禁止だけで良いのか?」 「こ、行為自体は別に、特別に――本当に今回だけは特別に 許してあげ……ま………す。だから感謝して………ください ―――優しい彼女に感謝してよね!バカ京介っ!(ぷい)」 「ニヤニヤ」 「気持ち悪いから―――気持ち悪い顔でニヤニヤしないで!」 「だって可愛いあやせたんを見てたら、俺はいつもだらしない顔になるさ。 それは勘弁してくれよ?な?」 「本当に京介の………バカ そ、それで………そ・れ・で・勝負って何で勝負するの?」 「そりゃ、どっちが先にイク………痛っ―――」 「―――何処に行きますか? て・ん・ご・く・に・?!」 「痛い、いててて………ごめん、ごめん」 「それとも、じ・ご・く・か・な・?!!」 「う、うそ、うそ、嘘だから………」 「どっ・ち・か・な・? ―――両方(りょ・う・ほ・う・)か・な・?」 「ちょっとっ………マジでっ待て待て、頼むから待ってくれ!」 「………………………………はぁん?」 「怖っ………あやせたん、本当にごめん―――この通り」 「ツギハホントウニ・・・ワカリマス・・・ネ?」 「は、はい―――もうしません」 「ハァーまったく………で・結局、何で勝負するの?」 「えっと、そうだ………尻とりとかどう?」 「わたしのお尻にまた悪戯するって意味じゃないでしょう………ねっ゛?!」 「痛いたた………ひ、被害妄想だ。 普通の尻とり」 「あなたってやっぱり意味不明過ぎ 普通の尻とりの勝敗で、何を証明出来るって言うんです?」 「だから尻取りで隠語言うってのは?」 「わたしの話を聞いてますかっ? わたしはそんな言葉言いたくないって言ってるでしょうが!」 「だ、だから俺は隠語、あやせは普通の言葉のハンディ戦でどうだ? ちゃんとした言葉の勝負―――正々堂々男と女の真剣勝負」 「言ってる意味全く分かりません―――全く分からないけど とにかくそれで、あなたが負けたら本当にわたしにエッチな言葉を 今後一切言わせないんですね?」 「もちろん、男の言葉に二言はない」 「分かりました! やりましょう―――受けてあげる、その勝負」 「ほう………やる気のようだな それでこそあやせたんだ。流石は俺の彼女だ」 「たっぷり後悔させてあげるから、せいぜい覚悟してくだ―――覚悟してっ! ド変態の彼氏に羞恥プレイを強要されるのも今日で最期なんだから!」 「んじゃ、レディーファーストであやせのターンからだが、 尻とりだから、『あやせ』の"せ"で良いか?」 「こら、京介! なんでわたしの名前がエッチな言葉になるの?!」 「いや、だからエロイ言葉は俺が言うから、おまえはノーマルの尻とり をやってくれ」 「あっそ ふん………あ、あやせ」 「せっ○す」 「すいか」 「カーせっ○す」 「スイス」 「す○た」 「す○たってな、何?」 「説明しよう 『す○た』と言うのはだな、こうやって―――」 「―――変態、わたしに触らないでっ!」 「実際にやった方が早いから つーかあやせたんは、もう何度もしたことあると思うよ?」 「だから脱がさないでっ・って言ってるでしょう! ちゃんと口で―――」 「―――口で流石にす○た出来ないぞ? それはもはや別のプレイになってしまうからな それは『ま○ぐ○返し』と言うあやせたんが二番目に好きな―――」 「だから言葉で説明してって意味ですっ! バカ!変態!エッチ―――パンチっ!」 「痛てたたぁ………ちっ。 簡単に言うと○○で××だ…………わかったかい?お嬢さん」 「はい、分かりました………死ねば良いと思います」 「ひど………と、とにかくあ、あやせたんのターン(あやせターン)だぞ? "た"だからな。張り切ってどうぞ」 「た、タコス」 「また"す"?………す、す、す?」 「あれあれ?もしかして………もう降参ですか? 本当に京介って口だけ―――お口も貧相だったのかな?」 「まだだ!まだ終わら(れ)んよ」 「ふっ………所詮は二流のセクハラ野郎だったようですねー?」 「ちょっと待って………お願いだから」 「ダ~メ♪5・4・3・2・1―――」 「す、す、………俺は負けるのか? こんな所で俺の野望は潰えてしまうってのかよっ」 その時、妹の持ってたヤバいゲームのタイトルが閃く 「ぜ~(ろ)―――」 「―――ス○ト○!」 「な、何ですそれ?」 「説明しよう」 ―――流石にこれは実践出来ない 「この変態、本当に穢らわしい ―――わたしの耳が腐っちゃったら一体どうしてくれるんですか?!」 「そういう勝負なんだ、文句はあるまい?」 「く………ロース」 「また"す"?」 「もうこんな不毛な勝負辞めて、素直に負けを認めちゃったらァ?」 「甘いな、あやせたん―――ス○○ロマニア!」 「今度は何です、一体?」 「だからマニアだよ、ス○○ロのマニア!」 「そ、そんなのダメ!」 「おまえはス○○ロマニアの権利を―――存在を認めないってのかよ?」 「絶対に認めませんっ!」 「あ~せこいな―――ビックリするくらいセコいわ。 あやせたんは、最初から正々堂々と戦う気はなかったんだなぁ。 分かったよ、俺の負け―――負けで良いさ。 正々堂々と戦って………卑怯なジャッジにやられた真の男が居た。 潔く戦い潔く負けた、男の中の男が居たこと―――忘れるなよ?」 「あ゛ーーも、もう分かりました―――分かったから。 "あ"でしょ………アイス!」 「また、す………………あっ!す、スケベ椅子!」 「何です?それ」 ―――以下略 「す?………スイス」 「―――それ言ったぞ」 「す、スイス人」 「ほう………"ん"と言ったな、言ってしまったな? これは俺様の大勝利―――」 「―――ち、違う………スイス人マニア」 「なんだよ、それ!狡くねぇか?」 「 何でス○○ロマニア!の権利と存在を認めて 何で"スイス人マニア"がダメなんです?! 何でス○○ロマニアは良いんですか?!!! 何でス○○マニアは許されるんですか!!!!!! 」 「クク………アハハハ」 「何がおかしいんです?」 「いや………なんかさ、あやせがそんな言葉を大声で絶叫してるって シュールだなと思ってさ」 「………………………え? ハッ!イヤァヤヤァァァァ」 「あ、あやせ? ちょっと………お、落ち着けよ」 「もう………イヤ うぅ………わ、わたし………わたし………こんな言葉を言わされちゃった うわぁん………わたし―――」 「―――な、泣くなよ!」 「わ、わたし、汚れちゃった―――穢れちゃった もうお嫁に………行けない………」 「だ、大丈夫だって どんなに惡堕ちしたって、俺が必ずあやせたんを貰ってやっから」 「ほ、ほんとぅ?」 「ああ、もちろん」 「絶対――絶対っ、京介のお嫁さんにしてくれ………る?」 「当たり前だろ? 現時点で、もう俺のお嫁さんだろ?」 「京介―――きょう………やっぱり好き………愛してる」 「お、おう、俺も愛してるぜ、あやせたん―――」 「―――………?………っ!!!」 「って………痛いっ、キスしながら殴るの辞めて……くれ」 「って、よく考えたら………あなたが原因でしょ?!このバカ!」 「な、何だよ? せっかく良い雰囲気だったのに、本当に今日のあやせたんは強情だな~」 「ふんっ(ぷい) 結局、またエッチなコトして、わたしが気持ちよくなっちゃったら その勢いでワケ分からなくさせて有耶無耶にしようって魂胆なんでしょっ?」 「あ~れ? ついに………バレちゃった?」 「今日の戦いは、これから先の将来の命題――― 京介をわたしのお尻に敷く? 京介にわたしのお尻をぶっ叩かれて、わたしが言いなりにさせられる? か、の勝負なんだから―――わたし、絶対に負けられない」 「げっ……何かすげぇ現実的なことを言い出したな?」 「何か………ご不満でも?」 「いや、全く――全然………不満なんてねぇよ つーか"尻とり"だけに、あやせたんの尻を賭けた勝負ってコトだな? 俺、あやせたんのそういう所―――お茶目でユーモアのセンスが有って やっぱ結構好きだぞ」 俺のあやせたんは、天性のコメディエンヌだと最近つくづく思う。 同時に―――それがとても魅力的だと言うことも 「ふ………ふん、口ではいくらでも誤魔化せるから嬉しくないし」 「本当にそう思ってるんだが、まぁそれは追々証明すると言うことで」 「と、とにかく、気持ち悪い言葉を言っちゃったじゃない、もうっ! 早く責任取って!」 「責任って言われてもなぁ………」 「もしかして、さっきの言葉を言わせる為に 誘導尋問してないでしょうね?!」 「ご、誤解も良いところだ。 さっきのは………本当に俺のせい?」 「京介のせいで、京介が全部悪い」 「んじゃ、それで良いけど それに"尻とり"勝負以前に、あやせがその気なら、 俺は確実にあやせたんの尻に敷かれるのは分かってるけど」 「へぇ~そうなんだ………ふーん、ふーーん」 「な、何だよ………その顔?」 「別に何も?………そ、それにしても 今日は、無理矢理わたしのチョーカーを外して襲いかかってこないんですね?」 「俺はド変態で、セクハラ野郎で、末期的なあやコン(あやせコンプレックス) ―――だ・が・し・か・し・ レイプマンじゃねぇから、あやせがガチでイヤなら無理矢理なんてしない」 「ふ~ん………そう」 「ああ、俺は全部あやせたんが喜んでくれるかと思ってやってるんだ」 「ねぇ京介、これ尻とりの勝負………だったよね?」 「そ、そうですよ………あやせたん」 「お尻に敷くか、お尻をぶっ叩かれるかの勝負で良い?」 「え? まぁそう………とも言えるかな?」 「で、京介はわたしのイヤなコトはしない?」 「もちろん! まぁそれならエロ隠語とか最初から言わせるなって話だがな」 「確かに ―――でもそれはそれとして、ちゃんと責任とってくれますか?」 「よし!分かったよ。 俺を誰だと思ってるんだ? 俺はあやせたんの言いなり―――新垣あやせの彼氏の高坂京介だ」 「ふふ………はい、手出して」 「何で今頃………手錠?」 「今まではあなたをつなぎ止めたくて、縛りたくて 手錠使ってたけど―――今日は違う」 「と、と言いますと?」 「物理的に拘束する為に使う………ほらっこうやってっ!」 ベットに拘束される俺 「………………え?」 「わたしが京介をお尻に敷きたいなら こうしたいならっ―――こうすれば良かった♪ 最初っから本当に敷いちゃえば良かったんだね♪ 京介―――大好き、愛してるよ♪」 「あや………せ? おまえやっぱエッチしたかった―――」 「―――勘違いしないでよね?本当に違うから これは………純粋に『尻とり』の勝負の続きだから」 と言って、俺の顔全体にレザーのショーパンを ―――自分の尻をグイグイと痛いくらいに押しつけてきた。 「うー(あやせ)ぅー(どういうつもり?)」 と、いくら声をだしても、当然マトモな声にはならず ―――しかも、もっと悪いことに 「ねぇ………嬉しい? それは………嬉しいよね? だって京介――わたしのお尻(フリフリ♪)大好きだもんね?」 そりゃメチャクチャ嬉しいが………息が出来ない 「お付き合いしたての時、 わたしが我が侭だったから、いっぱい京介にお仕置きされちゃったよね?」 「うー(………)」 「でもあの時は本当に凄く―――すごぉく、嬉しかった………。 お尻叩かれて、いっぱいエッチなコトされて、滅茶苦茶に感じさせられて 京介と肌と肌を重ねて―――心もちゃんと重なって いっぱい………い~っぱい、わたしの心と身体に触れてくれて幸せだった」 「………」 「わたし………感謝してる……よ」 「………………」 「 でも最近はそればっかりで、おざなりだから頭にきちゃったんだ 本当はもっと――もっといっぱいして欲しいの どんな恥ずかしいコトでも良いし―――変態のセクハラでもして欲しい でも他のこともしてくれないとイヤ エッチだけの関係なんて絶対にイヤ 身体だけなんて絶対にイヤ もっと心も―――わたしの全部を抱き締めてくれないくれないとイヤ 」 「………」 「だから今度からは、わたしが意地悪してあげる 全部――全部、京介が悪いんだよ? わたしをこんなに好きにさせて―――夢中にさせて ―――エッチにさせて―――わたしの全部を京介の為だけさせた癖に」 「………」 「ねぇ、わたしに意地悪されるのは………イヤ?」 「………コクコク」 と俺は何とか肯いた。 まだこの時の俺はプライドが残っていたのかも知れない 「あ~イヤなんだ! でも………だからやっぱりイジワルするからっ! やっぱり悪い子だから、ずっとこのままにしちゃうから♪」 また、これ見よがしに形の良い尻をフリフリ♪とするあやせ。 「うーうーうーー」 「京介がちゃ~ん…とぉ………イイ子になるまで………あんっ♪ ん♪…っ……許さないっ……絶対にぃ許さないだからっ♪」 今度はあやせが(多分、意図的に)卑猥に擦りつけるように 尻を前後にフリフリしてたので、完全に俺の鼻腔は塞がれてしまった。 「うーー(降参する)」 「あっ…んっ……京介♪こ、降参………する?」 「コクコク」 でも俺が何度も肯いて降参の意思を示しても、 あやせは全く、解放してくれなかった。 「んっぁあっ♪ ほんとにぃ……あっ…わ、わたしに降参?♪…っあ…ん…しちゃうぅっ?」 それどころか、レザーのショーパンを太ももの間まで脱いで、 (でもエッチじゃないと言う建前上?)Tバックのショーツは脱がず その状態で―――さきほどの顔全体からピンポイントで、あやせは俺の口唇に 自分の下半身の口唇をお互いにディープキスかの如く押しつけた。 「か、勘違い………っ……しないで………よ?♪ これは………わたしぃ感じる、か、感じてないっ!……からねっ? はぅ…あっ♪……感じて…る…わけ…じゃなぃん………だからっつ!」 そしてあやせは何故か、今度はチビTの下から手を入れて するりと自分のブラを外した。 ―――上から見下ろすあやせの視線と、本当に椅子みたく敷かれてる俺の 視線が下から交差した。 ほんの一瞬だけの出来事だったが、あやせは俺がゾクゾクするほどの 魅惑的で、残酷で、嗜虐的で、羞恥に満ちた顔をしていた。 「ねぇッ………京介♪ ねぇっ………苦しい? でも………やっぱり嬉しい?♪ もう……ぅ………辞めるっ?、もう辞めちゃう?」 あやせはそう言いながら、 露わになった自分の両胸を、俺に見せつける為に(でもTシャツを着たまま) いやらしく自分で愛撫し始めた。 そして当然、それが原因であやせの腰と臀部の動きが更に激しくなった。 「んーダメなのっ♪ 京介の、きょう…っ……罰な…んァ…だかっらァ……ぁっあん♪ ぜったい許してっぇ………あげない………からっ……だめっ…あっ…げない」 俺はそんなあやせの肢体と胸と、ほぼ視界を遮られている ゼロ距離の俺を苦しめている元凶を必死で見ようとした。 「うーー」 俺は自分の涎とあやせの愛液で、ますます窒息しそうになりながら 最期は必死に、頭と口と舌を動かして必死に足掻いた。 「これぇ…っ!、コレ…、好き…………かもっ、 これっ………イィの………あっ♪、もうっ!いっ…くぅ………からっ ああっ♪………わたぁしぃ………京介……わたしぃ好…きぃ?」 何度も、肯定の意味で首を縦に振ろうとする。 その振動のせいか―――あやせは身体全体が痙攣し始める。 まるで―――本当にお互いに口と口でキスしている様に 俺とあやせは、舌と舌を絡め、唾液と愛液を溶かして、お互いの口唇を 何度も――何度も激しく貪り犯し合った。 「あっ…あ……京介っ…………いっ…てェ……っ………イィって」 俺はあやせと一緒に ―――同時に昇天しろと言う意味だと、最初は思った。 ―――でも違った。 そうだった、これは俺への罰だったんだ。 「すゅきって、いってっ…きょう…あっ♪……愛してるぅ……いって…言っ」 「 うー(あやせ、好きだ!) うー(あやせ、好きだ!) うーー(あやせ、好きだ、好きだ、愛してる!!!!!!) 」 「京介ぇ………あっいしってるっ♪ きっきょう………愛…しぃてる…っつ♪ す……き…… すっ!き…ぃっ!♪ すきぃっぃ…イック………京介に…乗ってわたし、いくぅ あっ♪これぇ……すごっいぃっよっ!……あぁ♪…お尻…ヤバぃ あ゛っ……あっ!イックっ…京介ぇイッちゃう…お尻に敷いてイクゥぅ!!!!」 あやせが俺の口の中を大洪水にして昇天した時、 ―――同時に俺も指一本触れられずに一緒に波打ちながら 激しく昇天していた。 「………ハァハァハァハァ」 「ねぇ、京介………参った?♪」 あやせは俺の顔をようやく解放すると、 ―――俺の腹筋の上にちょこんと座って、俺の頬を優しく撫ながら、 最期は抱きつきながら言った。 「ま、参りました」 ビショビショに濡れた口の周りを拭いながら、俺は肯いた。 ―――今まであやせにやられた殺されかけで 一番リアルに死にかけて、一番………ゴホン、俺はMじゃねんだから 『あやせたんの尻に敷かれて、こんなに気持ち良いわけがないっ!』 あ~本当に、文字通り―――尻に敷かれた。 俺、色々な意味で………完全に負けた 名実共に、俺のご主人様『黄金週間』が終わった気がした。 その後、暫くマッタリして 「ふ、ふん―――負けたんだから 金輪際わたしにエッチな言葉言わせないでくださいねっ! ―――言わせないでよね!(べー)」 「ぐ………マジか 俺は―――俺は大切な何かを永遠に失っちまったのか………?」 「そ、そんなあからさまに落ち込まなくても したいことは―――エッチなことは、何でもさせて(して)あげるんだから それにさっきは、喜んでた癖に、ドMの癖に むしろ喜んで感謝して―――泣いて感謝しろ、京介のバカッ!欲張り!」 「イテテ……………………………! ………あ、あやせ、これ食う?」 「え?あ、ありがとう。 頂きます―――あ~む、甘くて美味しい♪」 「そうそう、甘い物を食べるとリラックスして色々と収まるらしい ところで、これ何だっけ?」 「え? きのこの山………でしょう?」 「んじゃこっちは?」 「たけのこの里………?」 「………!? しつこいほど再度確認しておくけど、さっき言ったみたいに セクハラ―――もとい、俺たちの愛の行為は今まで通りで良いんだよな?」 「それまでダメって言ったら泣かれたり、土下座されたりしそうで困るから 約束の通り―――しょうがないからお情けで、今まで通りに許してあげます」 「ありがとうな………あやせたん」 「本当は………暫くエッチは絶対禁止でお預けのつもりだったんです でもそれだと、絶対にイヤなんでしょう?」 「そりゃ、もちろんイヤだよ」 「それが原因でさっきみたいに、 わたしのお尻にいっぱい乗られても………?」 「エロなしになるくらいなら、 あやせに―――あやせたんの美尻に窒息させられた方が 万倍マシだぜ!」 「へ、変態」 「でさ、あやせ………これは?」 「だから、きのこの山だって」 「えっと、ゆっくり深呼吸しながら言ってみぃ?」 「ちょっとっ………何で今、わたしのおっぱいを触るんですッ?!」 「エッチはして良いんだろ? ほら…言ってみて?」 ―――あやせのおっぱいをモミモミ 「あっ♪って………今日はお預けの日………だから………お預け……… きぃ……のっ……こぉお……のっ…あぁ♪、………やぁっまァ……んンぅ♪」 「と? ………こっちは?」 ―――さっきの箇所をは~む♪ 「なん………で? わ、わたしぃ………ぁあっ……そこ舐めぇぇ……なぁい……っ…で……」 「良いから――早く!」 「たっけえぇん…あっ♪……のこォ……ぉ!、あぁっ……のっ…さとぉ…ンっ♪」 「………―――って何やらすんですか!この変態!!!!!」 「すいません、すいません………出来心なんです」 「あ~わかった♪ さっそく、わたしにお仕置きされたくなったんだ? あーそうか、京介がこんなに変態さんだなんて分かってたけど ―――今まではすっかり忘れちゃってたから、わたし♪」 「待って、誤解だって」 「大丈夫………5回じゃなく10回してあ・げ・る・♪」 「………………」 ヤバイ、誤魔化さなければ………流石に不味い 「これは?」 「きのこの山!」 「こっちは?」 「たけのこの里!!!」 「お、俺は?」 「ぶ、ブチ殺しますよ!」 「た、助かったぜ」 あのスイート・拷問より、殴られた方が ―――今の俺には全然マシだ 「ふふっ、な~てね♪ まさか、これで………許して貰えると思っちゃいました?」 「え゛?」 「今度からは―――今からは、悪い京介くんの罪は 問答無用で、わたしのお尻(フリフリ♪)で いっぱい――いっ~ぱい罰してあ・げ・る・からね♪」 「………………う、うそ」 「ほら、イイから早く………おいで?」 「はい………よ、喜んで」 「ふふん♪ 京介くんは素直な良い子だから特別に選ばせてあげるね♪ ねぇ、ねぇ、レザパンとTバックと………直に生のま・ま・♪ わたしのどのお尻(フリフリ♪)で敷き殺してほ・し・い・?」 結果―――全部やられました ……………これが今年のゴールデンウィークの俺の一番の思い出 おわり